弊社の副社長に口説かれています
「ああ、この間、濡れて帰ってきた時の?」

怒り心頭で自室にこもってしまい、何があったかも聞けず、史絵瑠からも報告はなかったが。

「って、陽葵と会ったの?」
「あー……うん」

史絵瑠は言い濁しつつも語る。

「お姉ちゃんもかっこいいカレシを紹介したかったんじゃないの? 会いたいっていうから会ってあげたんだけど、もう、マジ、ムカつく」

新奈はふうん、と呟いた。別に義理の親子になれるなら、陽葵でもよいかと算段を始める──一瞬にして手の平を返した。

「陽葵と連絡取り合ってたんだ、いつの間に?」

新奈に聞かれ、史絵瑠はやや居心地が悪い。家を出て行くのを反対しているのは新奈もだ、陽葵の家に転がり込もうとしていた話もしていない。

「うん、ちょっと前にばったり会って、連絡先を」
「私にも教えて」
「え、なんで……」

様々な嘘がバレる可能性がある、背筋が冷えた。

「これでも母親よ、話くらい聞きたいわ。交際なり結婚なりするなら他人じゃないじゃない」

笑顔でいう新奈を言い含めることを諦めた、不承不承ながら通信アプリを開き友達紹介で新奈に教える。

「私はあの男と結婚するのは反対だわ」

史絵瑠は訴えるが、新奈は明るい笑顔で応える。

「金持ちのイケメンを取られて悔しい? いいじゃない、義理でも兄になるのは嬉しいでしょ」
「そうじゃなくて」

ため息交じりに答えたがそれ以上は言わなかった。これまでついてきた嘘やはったりが親に筒抜けになる可能性がある──なにより急に母が陽葵寄りの発言をすることに恐怖を覚えた、結局この人は金と外見だけなのだ。
子どもの頃から可愛い、可愛い、史絵瑠は世界一だと育てられた。率先して着飾ること教えてくれ、一時だがモデルとして母がデザインした服を着て多くの賞賛を浴びていたことが懐かしい。実父が残してくれた遺産が底を尽きると、母は金持ちとの結婚を求めて手を尽くしていたのも知っている。
それが全て──それしかない。

「私があと10歳若かったらなあ、直接アタックしてやるのに、悔しい」

10歳でも母と子ほど年齢差はあるだろうと思ったが、史絵瑠はあえては言わなかった。
新奈は鼻歌交じりのまま、陽葵のアカウントを友達登録し、早速メッセージ送る。まずは接触を試みよう、優等生の陽葵ならば、過去のことは全て棚に上げすんなり『母子』に戻るだろう。拒絶されてしまうなら元気だったかと涙でも見せればいい。恥もプライドもない、尚登のような好青年と金が手に入るなら──にやりと笑みがこぼれた。
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