推しは策士の御曹司【クールな外科医と間違い結婚~私、身代わりなんですが!】スピンオフ
 お客様もいらっしゃらないので、うつむいて確認作業をしているふりをしていたら、小走りでさっきまで合流していた先輩の奥さんがフロントにやってきた。
「咲月ちゃん。呼んでる」
 少し興奮した声を出して私にそう言った。
「はい?」
「私の用事はすぐ終わったの、そうしたら専務が『フロントの木戸咲月さんを呼んでもらえますか?』って言われた」
「木戸さんを?何の用だろ?」
「わかんない」夫婦でそんな会話をしているけれど、私の足は動かない。
 なんだか……行きたくない。
「ここはいいから、とりあえず行っておいで」
 先輩に言われたけれど、私はきらびやかな専務たちを見るだけで身体が動かなかった。
 専務を振った人に、正直会いたくなかった。
 なんだろう、すごく複雑な気持ちになっている。
 推してる立場としては、どうして私の専務を振ったんですか?専務と結ばれて幸せに暮らして欲しかったという気持ちと、推しを振った綺麗な人と比べられそうで怖かったという気持ちと、彼女に罪は何もない。私が勝手にモヤモヤしていてごめんなさいの気持ちと……正直わけわからなくなっていた。
 すると専務がこちらを振り向き、スッと私に向かって手招きをする。とても自然な動きで片手を私に向けてエスコートするような優雅な動きだった。
「木戸さん?」「咲月ちゃん?」新婚さんに心配されている。不審な動きですいません。
「ついて行こうか?」奥さんに言われたけれど、私は首を横に振る。
「何かあったら合図して。俺が行くから」
 そこまで言われてしまった。私は苦笑いをして「大丈夫です」と、頭を軽く下げてロビーへ足を向ける。
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