愛を奏でるワルツ~ピアニストは運命の相手を手放さない~


豪華な銀食器などの博物館はてっきりおまけくらいかと思ったら、予想以上の量と広さだった。
レンが嫌にならないか心配だったが、彼はどれも興味深そうに眺めていて、二人であれこれ話していたらあっという間に夕方近くになっていた。

博物館の外に出ても、当然なのだがそこはウィーン。
何というかまだここに来て数日、初めての海外でまだ感覚になれない。
観光客に日本人は時折見かけるけれど、ほとんどが日本人以外という当然で自分には初めての体験。
そして隣でサングラスを掛けているのは、どこかの王族と間違えられてもおかしくは無いほどのいい男。
どう考えても、今は夢ですと言われた方が信じそうだ。

「腹減ったな」
「うん。
でもレン、時間は良いの?」
「一応明日の夕方まではフリーだな」
「何の仕事しているの?」
「晩飯は何が良い?
やはり日本人ならウィーンだとウィンナー・シュニッツェルが食べたいんだろうな」
「だから仕事は」
「上手い店を知ってるが、行くか?」

ニヤッと尋ねられ私は上目遣いに睨む。

「さっきから誤魔化してばかり。ずるい」
「まぁそう言うな。
で、食べたいか?」
「もちろん食べたい!
ウィーンのご飯で食べたい物一位だもの!」
「ちなみにデザートなら?」
「ザッハトルテ!」
「なら明日は本家ザッハーにでも行くか?」

レンが歩き出し、私に楽しそうに問いかける。
え、明日?

「明日って?」
「明日もどうせ観光するんだろう?
そういえば何日までここにいるんだ?」
「明後日昼過ぎの飛行機に乗るから一応明後日まで」
「短いな。後はどこに行きたい?」
「場所だとシェーンブルン宮殿かな。
少し離れてるみたいだし、広いみたいだから明日行こうかなって思ってた」
「なら明日はシェーンブルンとザッハーだな」

当然のように予定を言ったレンの手を引っ張る。

「レン、明日も私といる気なの?!」
「なんだ、迷惑か?」
「いや、迷惑というかなんというか」

どうして彼は私といるのだろう。
その理由がどうしてもわからない。

「私、お金持ってないよ?」
「何を言ってるんだ?」

サングラスをしていても、彼の目が不思議そうな物を見る目になっているのが想像できた。

「いや、だって昨日会ったばかりだよ?
それで明日も一緒って、その方が変に思うというか」

本当に心配して付き合ってくれているなら申し訳ない。
しかしどうしても今の状況が信じられない。
別に美人でも無い私とどうして。

彼は私と手を繋いだまま、ゆっくり歩き出す。
日が沈みかかって、街灯や店の明かりなどがこの歴史ある街に浮かび上がってくる。

「理由は、俺もわからない」

彼は前を向いたまま話している。
そんな彼の顔を私は見ていた。

「今日は久しぶりのオフだったんだ。
本当はずっと寝ていようかと思ったんだが、何となくカフェでも行くかと外に出たら楓に会った。
観光するという割に、英語も出来なければ見た目は子供のようで。
そう言えばゆっくり観光したことも無いし、心配だからちょうど良いかと。
しいていうならそれが理由だな」

ゆっくりと考えるように彼は理由を話した。
なんだ、ちゃんと理由があるじゃない。

「ようは暇だった、そして私が危なっかしいから付き合っていると」
「そういうことだ」

思い切り納得出来た。
これなら私を相手にしている理由がよくわかる。
彼はおそらく、自分が自覚していないけれどとても優しい人。
観光なんて二の次で、ただ子供のように見える私を心配してくれただけでは無いだろうか。
それがわかると、悲しい気持ちが胸に渦巻く。
自分のレベルは分かっているくせに、どこかで夢物語のような事を願っていたのだ。

「腹が減ったか?」

黙った私を、お腹が減って黙ったと思う時点でやはり子供扱い。
仕方が無い、元々色気なんて持っていないのだから。

「うん、お腹減った」
「もう少しの我慢だ。
ここからならトラムで移動した方が早い。
ウィーンの夜と言えば『ホイリゲ』だろう?どうだ?」
「『ホイリゲ』!行きたかったの!!
さすがに女一人じゃ無理だと思ってて」
「なら決まりだな」

私が万歳をすると、レンはははっ、と笑う。
そしてサングラスを外し、胸のポケットへ入れた。
夕陽に輝く街の中。
青い目が夕陽が少し当たってきらめいている。
夢の世界は、有り難いことにもう少し続いてくれるらしい。


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