忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
「そう言えば、絵本をありがとうございました。すごく喜んでいました」
「そうか、よかった」

これはお世辞ではなく、凛人はとても喜んでいた。
時々絵本を買って夜の読み聞かせもしているけれど、凛人自身が絵本をこんなに喜ぶとは思っていなかった。

「昨日の夜も喜びすぎてなかなか寝なくて、おかげで今朝はなかなか起きられなくてグズグズしていました」
「それは大変だったな」
「いえ、こんなことも時々ありますから」

成長すれば自我も出てくるし、わがままを言うことだってある。
でも、子育てしていればこれが日常なわけで、うまく付き合っていくしかないのだ。
それでも、今日の凛人はかなりご機嫌斜めだったな。

「育児はいつも君一人でしているのか?」
「え?」
いきなりで、一瞬何を聞かれているのか理解できなかった。

「いや、彼は育児に参加しないのかなと思ってね」

彼・・・ああ、徹のことか。
尊人さんは徹が凛人の父親だと思っているわけで、そういう疑問を持っても当然かもしれない。

「認知はしていないのか?」
「ええ」
「それはなぜ?」

尊人さんは次々に質問をぶつけてくるけれど、まさかあなたが父親ですと言うわけにもいかない。

「息子は私だけの子供ですから」
「だから、子供は一人では」
「あの、ここって職場ですよね。プライベートな話はやめませんか?」
あんまりしつこいから遮ってしまった。

「そうだな、仕事中にすまない」

尊人さんはひとまず引いてくれたけれど、この調子であと三ヵ月本当にやって行けるのだろうかと私は不安になっている。
何かの拍子に凛人のことを尊人さんが知るかもしれないと、怖くて仕方がない。
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