忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
「くせ毛なんだな」
「え?」
「子供だよ。この間は気が付かなかったが、髪の毛がクリクリしてる」
「ああ、うん。私の父もそうだったから」
「そうか」

本当は嘘。
父はまっすぐな黒髪の人だった。
でも、この場ではそう言うしかなかった。

「彼に、連絡しなくていいのか?」
「ああ、そうね」

ないとは思うけれど、徹や母さんがアパートを訪ねてきたら驚くかもしれない。
一応電話連絡はしておこう。

「ちょっとすみません」

私は尊人に断り、スマホを取り出すと背中を向けて電話を掛けた。

「もしもし、沙月だけど」
『どうしたの、珍しいわね』
「うん。実はアパートの部屋が水漏れしてしまって、しばらく友達の家に泊ろうかと思っているの。それで、一応連絡」
『そう、大丈夫なの?』
「うん、数日間だけだと思うから」

電話に出た母さんは深く追求することなく、私の言葉を信じてくれた。
嘘をついて申し訳ないと思うけれど、今はすべてを話すことはできない。
それに、早いうちにここを出ようと思っているし。
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