忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
「じゃあ」
「うん」

背中に尊人さんの視線を感じながら、私が改札に向かった。
その時、

「一度、話をする時間をくれないか?」

え?
びっくりして振り返り、私は数メートル離れた尊人さんを見た。

「沙月と話がしたいんだ」
それは、真っすぐに私に向けられた言葉。

でも、これ以上尊人さんに近づくわけにはいかない。
どんななことをしても凛人のことを守らないと。

「ごめんなさい」
これはやんわりとした拒絶。
私には話すことはありませんとの意思表示だった。
しかし、
「どうしてもいやなら仕事にかこつけて」
「ま、待ってください」
そんなことされたら、慎之介先生に尊人さんとのことが気づかれる。
そして、下手をすると凛人のことだって知られることになりかねない。
それはダメ。

「これでも結構余裕がないんだ。なりふり構っていられないくらいにね。君の嫌がることをするつもりは無いが、まずは話をする時間が欲しい。そこは譲れない」
「わかりました」

行き交う人たちがチラチラと視線を送る中ではこれ以上拒むこともできず、了承するしかなかった。

「いつにする?」
「え、そんなに急に言われても」
「決めてしまわないとまた逃げるだろ?」

確かにこのままずるずると逃げるつもりだった。

「じゃあ日曜日の10時に」
「わかった」

場所は以前待ち合わせに使っていた駅のコーヒーショップ。
そこなら迷うこともないし、どちらかが遅れても気兼ねなく待っていられるだろうと決めた。
日曜日はちょうど凛人のスイミングがあるから、送ってから行けばちょうどいい。
こうなったらしかたがないと、私も覚悟を決めた。
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