忘れえぬあなた ~逃げ出しママに恋の包囲網~
「ところで例の件だが」
「ああ、そうだったな」

土曜日の朝っぱらから忙しい慎之介を呼び出すのは用事があるからだ。
さすがに友人との再会を懐かしむためにここに来たわけではない。

「一応親父が話を付けたらしいが、念のために根回しを頼む」
「ああ、わかった」

例の件とは弟の勇人が社長を務める三朝建設に持ち上がった談合疑惑についてだった。
元々建設業界に談合疑惑はつきもの。
実際どうなのかとか、どの程度疑わしいのかは別にして常に付きまとう問題ではある。
ただ今回は内部告発を名乗る投稿がネット上にあり、金の流れを示したものだっていう怪しげな資料まで出てきて新聞や週刊誌に大きく取り上げられてしまった。
もちろん弟が何かした訳でも、三朝建設自体が悪いわけでもないが、経営の妨げになる火種は消しておいた方がいいに決まっている。

「お前もアメリカから帰って来たばかりで忙しいのに、弟の面倒までよく見るな」
ランニングマシーンに乗りながら慎之介は感心したように言うが、
「バカ、そんなんじゃない」
俺は吐き捨ててしまった。

実際俺は純粋に弟を心配しているというよりも、かなりの下心がある。
絶対に人には言えないことだが、俺はいつの日か三朝コンツェルンの後継者を降りたいと思っている。そして、出来ることなら勇人にMISASAの社長を任せたい。
だから、勇人にトラブルがあるのは良くないんだ。
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