「孤高の悪女」で名高い悪役令嬢のわたしは余命三か月のようなので、最期に(私の想い人の)皇太子の望みをかなえてあげる予定です。なにか文句ある?
 フリードリヒは、わたしのトランクを両手にさげて無言のまま宮殿の奥へと進んで行く。

 見慣れすぎた大廊下の光景。

 初めてここを通る人たちは、どこまで続くかわからない大理石の床、庭園に面した側上方に等間隔に配置されたステンドグラス、壁側に等間隔に飾られている数々の絵画、要所要所に配置されている彫刻や前衛作品を驚愕の面持ちで眺める。

 宮殿でも一番贅を凝らした、というよりかは一番見栄を張ったこの大廊下は、子どもの頃のわたしにとっては庭園や森と同様最高の遊び場所だった。

 大理石の床に落書きをし、絵画や彫刻にはインスピレーションがひらめくに任せて付け足したり書き足したりした。

 この果てしのない廊下をキャーキャーわめきながら全力疾走する、なんてことは朝飯前だった。

 フリードリヒの巨獣みたいな背を見つめながら、つくづく過去を懐かしんでしまう。

 さすがにここまで来たら、彼がどこに向かっているのか想像出来る。

「ねぇ、フリッツ」

 大きな背に彼の愛称をぶつけた。

「やめておくわ」

 歩を止めると、彼も歩を止めこちらに体ごと向き直った。
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