闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う
 まともな返答は期待していなかったが、陸奥は少女の鈴の鳴るようなか細い声をもっと聞きたいと、優しく声をかける。


「だぁれ?」

 瞬きを繰り返しながら、少女は陸奥をじぃっと見つめる。


「俺か?」

 そうだ、と軽く首を振ろうとする少女を押し留めて、陸奥は応える。

「陸奥だ。ミ、チ、ノ、ク」


 きょとん、とした表情で少女は唇を動かそうとする。
 陸奥と発音しようとしているのだろう。言語中枢に障害が残っているのか、今の時点では判断できないが、少女はどうにかして陸奥と言葉を交わそうと努力を見せている。


「……ミ、チ、ノ、ク。へんななまえー」
「それが俺の名前なの」


 陸奥が白衣を着ているからか、自分が病室にいるからか、どっちも理解しているからか、少女は彼が医師であることを見抜いていた。


「じゃあ、ミチノクせんせい?」
「そうだ、よくわかったな」


 陸奥の言葉を、嬉しそうに少女は受け止める。
 はにかんだ表情が、陸奥の凍りついていた心を静かに溶かしていく。
 たどたどしい喋り方、幼稚な言葉遣い、それでも、彼女は意思疎通できるレベルにいる。
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