闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う
 植物状態は完全に脱している。
 陸奥は少女をまじまじと見つめる。


 ――奇跡だ。これを奇跡と呼ばずに何と呼ぶ?


 やがて、陸奥の名を呼ぶのに飽きたのか、少女は自分の名前を口にする。


「あたし、コデマリ」


 亜桜小手毬。
 交通事故で二年近く、生死を彷徨っていた少女。
 植物状態と言われ、まともな治療法もままならないまま、昏睡状態だった少女。
 その少女が、意識を取り戻している。
 みるみるうちに、彼女は十六歳の記憶を再生させていく。


「小手毬、か」
「そ。花のなまえ」


 訴えるように、陸奥にたたみかける。


「しろい花なの。春になるといっぱいさく。コデマリの花、ミチノク知ってる?」


 病院の中庭に植わっている花木のことだろう。自由が以前口にしていたことを思い出す。


「知ってるよ、ジユウが教えてくれた」

 ジユウ、という単語に反応したのか、小手毬の顔色が変わる。白い頬にわずかに赤みが走る。

「ジュウにぃちゃん、知ってるんだ……」


 どうやら彼女は自由のことをジュウと呼ぶらしい。ころころと鈴のなる甘い声が、陸奥の内耳を揺すぶる。


「ああ」
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