闇堕ちしたエリート医師は一途に禁断の果実を希う
 だからふたりは互いの名を呼ばせない。天と病院で呼べるのは健太郎だけで、健太郎と病院で呼べるのは天だけで、それ以外の人間はふたりを「楢篠」を「楢篠先生」と「楢篠さん」で呼びわける。 当然、天の方が高給取りだが、ふたりは気にすることもない。

 そのふたりが職場で顔を合わせる唯一の場が、食堂である。だから天は食堂が好きだ。
 守秘義務があるため最低限の情報しか聞けないものの、夫の健太郎が新しい患者の担当をすると聞いた天は、彼がどんな患者を受け持ったのか興味があるため、今日はいつも以上に彼の言動ひとつひとつについ注目してしまう。なんせ、植物状態から奇跡の復活を遂げた患者を受け持ったのだ。滅多にない経験をする彼を天は羨ましそうに見つめる。
 対する健太郎は、妻の天が何をしていようが、彼女はしっかり仕事をこなしていると知っているから、深く追求することはない。仕事について愚痴られれば話を聞いてあげるし、逆に、自分の方が天に厳しい労働の現状を訴えたり愚痴ることもある。

 今日の場合、愚痴でも訴えでもない、単なる報告になるんだろうなと健太郎は苦笑する。
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