偽る恋のはじめかた
13 想い











「———椎名さん!待ってくれ!!」





背後から桐生課長の声が耳に届いた。
辺りに響くほど大きな声で、周囲の人たちが少し騒ついていた。


桐生課長があんなに声を張り上げたことに、まず驚いて、思わず振り返ってしまった。



振り向いた先にいる桐生課長との距離は遠くて、ひたすら急ぎ足で歩いてたんだなと分かった。

彼に泣いていたことを悟られないように、急いで頬を伝う涙を服の袖で拭った。


遠くに見えた人影がどんどん近づいてくる。
一瞬、また逃げようかとも思ったけど、走ってくる彼の姿を見たら足が動かなかった。






「・・・・・・はあ、・・・・・・椎名さん、」



息を吐きながら肩を揺らして、呼吸が整わない様子が全力で走ってきてくれたことを教えてくれた。


こんな状況なのに、乱れた吐息に色気を感じてしまった。邪な気持ちを噤むように唇をぎゅっと噛み締める。


大きく息を吐いて、向けられた瞳は潤んでいるように見えて、思わずどくん、と心臓が跳ねた。



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