偽る恋のはじめかた
꙳
その日の桐生課長は勤務時間内にも関わらず、ご機嫌なことが明らかだった。
なぜなら、鼻歌を歌ったりして、誰から見ても上機嫌なのだ。周りの社員は誰も触れず、ただただ困惑していた。
桐生課長の様子を見て、状況を理解した梨花は、目配せをして嬉しそうに何度も頷いた。
この状況を感じ取った人がもう一人いた。
「……椎名さん?やっとくっついたんすか?」
他の社員に聞こえないように私にだけ聞こえる小声で囁いたのは、隣のデスクから顔を出した黒須くんだった。
「あ、う、うん。黒須くん、あの……」
「振られた同盟は即解散かあ。……桐生課長だと、苦労しますよ?」
「……覚悟してる」
「苦労もするだろうけど、あんなに良い人もいないすね」
「……」
そう言ってニヤリと笑った。
黒須くんは、誰よりも人の気持ちを気遣うことができる人だ。
今の黒須くんの心境を知ることは出来ないけど、彼と話すと私の心は軽くなる。
心の重荷をスッと取ってくれるような、そんな黒須くんに心の中で感謝した。
桐生課長に視線を向けるとデスクに向かい、まだ鼻歌を口ずさんでいる。
一日中その様子でいくのかな、と心配になったけど、そんな彼が愛おしくて仕方ない。
私の顔も彼と同じように緩んでいた。