悪役を買って出た令嬢の、賑やかで切なくて運命的な長い夜のお話
王宮の広大な庭園。緑の魔法使いと呼ばれる一流の庭師達の手塩にかかり、まるで天上の世界と見間違うほどに花々が咲き乱れる。
 薔薇の木、くちなし、マートルの木。金糸の髪を揺らす柔らかな風が吹くたびに、花の甘い香りが切なく広がった。
 エバ・クマールはカナン帝国第一王子、ブライアンとの婚約が秒読みと噂されていた。
 ブライアンは二十二、エバは十八歳になったばかりだが、結婚するには決して早い年齢ではない。
 二人は子供の頃からの顔見知りであり、幼なじみと言っても差し支えのない関係だ。
 朝の光の中で膨らんだ花の蕾が神秘的に開くのを見たのも、異国のメロディーを奏でるオルゴールの古い螺をゆっくり回してみた時も、二人一緒だった。
 二人はまるで兄妹、そうして唯一無二の親友のように育った。
 心優しく剣術が苦手、しかし本を読むのが好きで座学が得意な第一王子。
 同じく本が好きなエバとはいつも読んだ物語について深く考察したり、お互いの感じた事を話し合い心を豊かにする。
 こんな友人関係がこれからも続けばいい、二人はそう願っていた。
 しかし、それだけでは許してくれないのがエバの父だった。
 カナン帝国では珍しい翠の美しい瞳も、父は娘の個性ではなく自分の出世の材料でしか無い。
 エバの父はカナン帝国で財務大臣をしており黒い噂の耐えない人物だが、かなりのやり手だ。
 国を越えていくつもの大きな商会を丸め込み、私腹を肥やしているなんて噂も昔からある。
娘のエバには根も葉もない噂が飛び交い、王子をたらしこんだ悪女だと決めつける者も多い。
 そんな父は娘のエバを第一王子の妃に、末はカナン帝国の王妃にする為に厳しく育てたが、そのエバには父に似た野望はひと欠片も持ち合わせていなかった。
 だから、悩んでいた。
 誰も居なければ、この庭園でひっくり返って大声でわめきたい程にエバは追い詰められていた。
 ……いま隣に、アンドレアが居たから耐えたのだけれど。
 
 
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