僕の欲しい君の薬指



思いの外近くに迫っている相手に驚いて咄嗟に立ち上がって「いえ、全然待ってないです丁度今来たところです」とドラマにありがちな台詞を吐く。くるりと振り返った私の視線が留まった先にいるのは、落ち着いた色のカジュアルなセットアップを身に纏っている榛名さん。


ウィッグを装着しているせいで、綺麗な銀髪はかくれんぼしている。女の私ですらどう合わせるべきか迷うと云うのに、パールのネックレスを完璧に合わせている相手は、遊び心でピンク色のサングラスを掛けている。まるでファッション誌から飛び出して来たみたいだ。



「少し授業が長引いたから月弓が待ちくたびれてたらどうしようって思ってた」

「あはは、そんな数分だけで待ちくたびれたりしないですよ」

「可愛い」

「え?」

「いつも可愛いけど、今日の月弓はいつも以上だな」

「……」

「俺との食事だから気合入れてくれたって、勘違いしそうなんだけど?」



図星だ。榛名さんの勘違いではない、友人と呼んでいいのか分からないけれど兎に角榛名さんとの食事が楽しみで、熟考に熟考を重ねてこの装いを完成させたのだ。


気付かれたとしても「たかが食事に気合入ってるな」って笑われるだけだろうなと踏んでいただけに、私の予想を裏切って嬉しそうに目を細める相手に顔が熱くなる。


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