僕の欲しい君の薬指



双眸を向けた先にいる二人は、平凡な高校生でもなければ凡庸な大学生でもない。彼等は日本を代表する国民的アイドルなのだ。やっとその現状を理解した途端、自分の目に映る光景への危機感を強く覚えた。


いつ人目に晒されるか分からない環境下で、一触即発の状態にある彼等。ただでさえ人気が厚いと云うのに、こんな場面をもしも誰かに目撃でもされたりして、万が一写真や動画に収められでもしたら、一瞬で世界中に拡散されるだろう。

しかも天糸君と榛名さんは同じグループだ。不仲だと噂されたら永遠にそれが付き纏う事くらい一般人の私でも想像に難くなかった。


焦燥感に駆られている私の脳裏を過ぎるのは、榛名さんに徹底して忠告を述べていた妃良さんの顔だった。それだけじゃない、私は榛名さんが雑誌の撮影の為に食事制限をしていた事も知っている。

体調不良のメンバーの代打としてあの天糸君が嫌々ながらも泊りのロケに出向いた事だって記憶に新しい。私の目に映る彼等はアイドルとしてのプロ意識の塊だった。



「……だよ。駄目だよ」



そう簡単に真似できる物じゃない。学業と仕事の両立をして、制限された生活を送るなんてきっと生易しい精神力では耐えられないと思う。私の目に触れただけでもこんなに沢山の努力があるのだから、彼等の積み重ねた努力は計り知れないのだ。


だからこそ、絶対に駄目だ。彼等の努力がこんな些細な喧嘩が契機で崩壊してしまうなんて事は、決してあってはならないのだ。


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