僕の欲しい君の薬指



天糸君の狂気に染まった貌の存在を認知しているのはこの世界で私しかいない。これは自惚れでもなく、自意識過剰でもなく、紛れもない事実だ。器用と云う言葉では片付けられないレベルで天糸君は自らの狂気を隠している。


昔からずっと周りの人間は彼を、天糸と云う漢字を違う読み方にして「天糸(てんし)君」と呼んでいるし、実際に彼の表の貌は文字通り天使そのものだ。普通の人には似合わないそんなあだ名も似合ってしまうのだから、天糸君はつくづく恐ろしい。



兎に角彼の信者は数が多い。勿論、涼海 天糸に盲信している人を沢山見た事があるし、彼の“もう一つの姿”に関しては心酔している人間を数える方が難しいに違いない。とどのつまり、右を見ても左を見ても、上を見ても下を見てもあの子の味方ばかりしかいないこの世界で私が幾ら彼の狂気的な一面を叫ぼうとも、全く効果がないのだ。


私はどれだけ足掻いても、天糸君の前では(ことごと)く無力なのだ。



「窮屈過ぎるよ…」



クッションに吸い込まれた言葉と現実の余りの無情さに、生きる気力を失いそうになる。もしかすると、死んでしまった方がずっと楽になれるのかもしれない。そんな思考を巡らせてみたりするけれど、意気地なしの私は死ぬ勇気すらない弱虫だ。


自分の好きを詰め込んだインテリアで装飾したお気に入りのリビングを眺めて、パチパチとただ瞬きだけを繰り返す。特注した照明と暫く睨めっこした後、上体を起こして慌てた様にテレビの電源を点けた。


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