僕の欲しい君の薬指
胸の前で交差された相手の腕。ワイシャツ越しでもしっかりと彼の体温が伝ってくる。花が咲いている様な香りに不覚にもドキリと心臓が鳴る。右肩だけ僅かに重みを感じた三秒後、頬に濡れた毛先が触れた。
「浮気してる。浮気しちゃ駄目だよ月弓ちゃん」
鼓膜で溶ける艶やかな声と吐息。頬がほんのりと熱くなるのは、彼との距離が余りにも近いからだ。それ以外の理由があって良いはずがない。
「髪濡れてるけど、シャワー入ったの?」
「ん。だって、ウィッグ被ってると髪がぐしゃぐしゃになるから」
投げた質問の答えがすぐに耳元に返って来る。細長くて滑らかな彼の左手の薬指には見覚えのある指環が光っていた。いつだったか、彼に欲しいとせがまれて私が彼の誕生日に贈った物だった。
当時貯金していたお小遣いを奮発して買ったけれど、今となっては笑えるくらいに安いそれ。にも関わらず、この子はずっとずっと大切にしてくれているし未だにこうして身に付けてくれている。
この指環を贈った時には親指に通しても余裕があったのに、いつの間にか親指にも通らなくなって気付けば薬指にしか通らなくなってしまった。
嗚呼、あんなに天使で可愛かった天糸君が大人になってきているんだね。安い指環のせいで所々のメッキ加工が剥がれているそれへ視線を伸ばしながら、私は彼の成長が寂しく感じた。