僕の欲しい君の薬指



「凄い…全て整理整頓されてる」



キッチンに初めて足を踏み入れた私は、水垢がまるでないピカピカと輝いている空間に感嘆せずにはいられなかった。まるでモデルルームみたいだ。珠々さん達が住んでいるこの一室は、独り暮らしを始める前に漁りに漁ったネットに転がっているお洒落な家そのものだ。


ここに越して来て天糸君と再会して以来、賃貸で借りている一室の管理を買って出たあの子に私は何もかもを甘え過ぎていた。料理を作ってくれたり、掃除をしてくれたり、洗濯物を干して畳んで片付けてくれたりするあの子に…何だかんだで頼っていた自分がいた。



もしも、もしももう一度あの子と生活できるのなら、今度は私がいっぱい彼を支えてあげたい。鈍臭い私の協力なんかなくともあの子なら平気なのかもしれないけれど、天糸君に甘えて貰いたい。


新しく心に芽吹いた感情に、驚きと照れ臭さが混じって口許が緩む。



「珠々さんと綺夏さん、何時頃に帰って来るのかな」



食器を洗いながらぽつりと言葉を零して、帰宅時間を訊かなかった自分に後悔が押し寄せる。一分一秒でも早くあの子の容態を聞きたかった。そんな事を思った刹那、玄関扉が開く音が遠くから響き、誰かの足音がこちらに近づいて来るのが分かった。


どうしたのだろう。珠々さんか綺夏さんが忘れ物でもして取りに帰って来たのだろうか。

迫り来る小走りの様な足音がする方へ視線だけを伸ばした刹那、勢いよくドアが開いてそこから現れた人物を見た私は酷く吃驚した。どうして…どうして…どうして…。


「あま…と…君」



病院で入院しているはずのこの子の姿を、視界が捕らえているのだろうか。


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