僕の欲しい君の薬指



それから彼と私はそれぞれシャワーを貸して頂いた。着替えを済ませてキッチンに舞い戻れば、飛び散った洗剤の泡や血で悲惨な状態だったはずの現場がすっかり清潔さを取り戻して綺麗になっていた。その代わり、私達二人はこっぴどく綺夏さんからお叱りを受けた。


勿論、多大なる迷惑を掛けた自覚があったので、ぐうの音も出なかった。意外な発見だったのは、天糸君が綺夏さん相手だとお利口さんになると云う事実だった。どうやらApisのリーダーである綺夏さんにはあの天糸君でも敵わないようだ。



「はぁ、全くどれだけ心配させるの。天が病院の何処にもいないと血相を変えた看護師に告げられた時には、心臓が停まるかと思ったんだから。分かってるの?天」

「……ごめん綺夏」

「綺夏さん、珠々さん、本当にすみませんでした」



腕を組んでいる綺夏さんは、正に女王様そのものだった。相手の迫力に気圧されて渋々ではあるものの謝罪の言葉を口にした天糸君と、頭を下げる私。どんな厳しい説教も受ける覚悟だったのだけれど、次に私達に掛けられた言葉は「まだまだ言いたい事はあるけれど、今回だけは許してあげる。兎にも角にも、おめでとう」だった。



「これで晴れて、僕の理想通りに天と月弓ちゃんも恋人同士。もし世間で騒がれる事になってもパパラッチされたとしても、二人は仲の良い従姉弟同士だと説明すればすぐに鎮火する。問題児の天も月弓ちゃんが居れば大人しくなる。つまりApisも安泰。後はとっとと二人がこのマンションに引っ越すだけだね」



“で、引っ越しはいつするの?”



拍子抜けする私の視線を絡め取ってゆるりと口の端を持ち上げた綺夏さんは、何処までもApisのリーダーだった。


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