僕の欲しい君の薬指


人見知りを発揮して分かり易く困っている私を余所に、声を掛けて来た相手がベンチの空席を埋めた。


あ、やっぱりいい香りがする。すぐ隣に座った彼から広がる香りは、さっき鼻を掠めた時よりもずっと濃くなっている。



「それで名前。何ていうの?」



長い脚を組んで頬杖を突き、ぐっと覗き込む様に顔を近づける相手に呼吸するのを忘れる。この人、自分がどれだけ綺麗な容姿をしているのか自覚がないのだろうか。こんな風に気軽に顔を近づけられたら心臓が持ちそうにない。


パチパチと瞬きを繰り返し、最早目に毒とも云えるまでに端麗な相手の顔から視線を僅かに逸らした。



「えっと、涼海(すずみ)…です」



その場に落ちた自分の声は、風に消し飛ばされそうな程に細く頼りない物だった。

精神的に楽になりたくて、緊張から逃れる様にほんの微かに腰を浮かせてベンチの端に寄った。そんな私の努力は虚しく、相手がさっき以上に距離を詰めてきてしまった。



「それ下の名前?それとも苗字?」

「…苗字です」

「下の名前も教えろよ」



不服そうに唇を尖らせた彼は、すぐ傍で見ると尚の事美しかった。


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