その涙が、やさしい雨に変わるまで
「…………」

 会議の場にいなかったといわれて、三琴は何ともいえない気分になる。秘書を辞めることを菱刈が責めているわけではないのだが、どうも居たたまれない。
 なんとなく気まずい雰囲気になる。誰が悪いというわけでなく、ただ単にタイミングが悪かっただけ、だったとしても。
 カフェの喧騒の中、BGMのフルートの調べが滑らかに流れている。美しいはずのその音色が、ひどく虚しくきこえた。

 この重苦しい空気は、三琴だけでなく菱刈も同じように感じていたようだ。
 この調子では埒が明かないと、菱刈は思い切ってこう口火を切った。

「あーもう、ぶっちゃけて、いいますね。松田さん、黒澤くん(・・・・)に何があったのですか?」
 覚悟を決めた菱刈のセリフは、とても砕けたものだった。

(え! いま、副社長のことを黒澤くん(・・・・)って、いった?)

 この菱刈の豹変に三琴は目が丸くなった。今この場に彩也子がいれば、彼女だって同じ顔になったに違いない。

(菱刈さんって、そんなキャラだったかしら?)
(いやいや、落ち着くのよ! 私の知らないところで、瑞樹さんともっと仲がいいのかもしれないし)
(そうそう、それ、充分にありえる!)

 シフトチェンジした態度の菱刈についていけず、三琴は絶句する。そんな三琴に構わず、菱刈は続けた。

「久しぶりに帰国してみれば、いろいろ変わっていて、びっくりしましたよ。僕のほうもこの一年、大型案件に手間取っていて、黒澤くんから催促の連絡がこないのをいいことに、現地レポートを先延ばしにしていたってのもあるのですが……」

 自分にも非があるのを認めたうえで、菱刈はこの一年間の瑞樹に対する不満を三琴にぶちまけはじめた。

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