その涙が、やさしい雨に変わるまで
(企画書に三人の名前が載っている……)
(瑞樹さんと、菱刈さんと、私の)
(……どういうこと?)

 企画書に発案者の名前が載っているのは当然として、他に名前が載るとすればその発案者の上司ぐらい。なのに、この企画書には無関係の三琴の名前が載っているらしい。

 菱刈から視線を外し、三琴は封筒を凝視してしまう。
 ライトグレーの封筒は、すました顔でテーブルの上にある。無機物の癖に、余裕綽綽の感がある。知らぬところで自分が指名されているときいて、ますます驚き焦り動揺する三琴とは対照的だ。

「その企画書は松田さんにお渡しします。僕個人としては日本本社とか黒澤くんとかと関係なく、潰してしまうにはもったいない案件だと思います。黒澤くんがどう考えているのかはわかりませんが、彼が実行しないのなら僕が責任者となって動いてもいい。確実にイケると信じていますので」

 ひどく強気の姿勢で、菱刈は企画を持ち上げる。発案は瑞樹だとしても、実際に動いた菱刈のほうにずっと熱意があった。
 熱く語る菱刈から、新事業への意気込みがとてもよく伝わってくる。これはかなり有望な企画なのだろう、未来の『黒澤グループ』の稼ぎ頭になるくらいの。
 辞めるとはいえ、やはり元いた社の発展を三琴は願う。でも三琴にエールを送ることはできても、まもなく部外者になるからそれだけだ。

「私に、どうしろと? 私はもう秘書じゃないし、もうすぐ辞めます。菱刈さんがそこまでやりたい事業なら、副社長以外の幹部に持ち掛けてはいかがでしょう? あらためて新企画として書き直して、再提出すればいいと思いますが……」
「それもアリだと思います。でもそれは、最終手段ということで。僕としては、ほかにもまだ腑に落ちないことがありまして……」
「?」
 少しおどけた顔をみせて菱刈は帰国してからの自分の疑問を、また三琴にぶつけてきたのだった。

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