その涙が、やさしい雨に変わるまで
 ざんざんと雨は降っている。
 大屋根の下でいれば濡れることはないが、大音響と化した雨音のシャワーの中にふたりはいる。だから、自分の心臓の拍動が激しくなっても、相手にきこえることはない。
 梅雨時分の蒸し暑い空気が立ち込めていて、生理的な汗をかく。これも緊張による汗の分を隠してくれていた。

「せっかくだから、確認しておこう」
 そういって、瑞樹は三琴が閉めたばかりの備品庫の扉を再び開ける。助け人を確認してから硬直している三琴とは対照的に、普段通りの瑞樹がいる。
 彼は中を覗き込んで、珍しそうに見渡した。備品庫なんて副社長には縁のない部屋だ、新鮮なのだろう。
「よしよし、ちゃんと整理整頓できているな」
と、管理者ならではの発言をしたのだった。

 そんな瑞樹の後ろで、三琴は傘を抱いたまま佇んでいた。
 先々週に副社長室前室で、この副社長と口論となった。その喧嘩相手である瑞樹から、本当は今すぐにでも逃げ出したい。
 でも備品庫の鍵を、瑞樹が持っている。あんな小さな金属の塊が、三琴をここに留める手枷足枷(てかせあしかせ)となっていた。

(まさか、ここで会うなんて。今日の瑞樹さんの予定は……)
(あ、そうだった。もうわからないんだ)
(手ぶらなところをみると、内部ミーティングに出ていたのかしら?)

 もう三琴は、瑞樹のスケジュールを知らない。近々新作発表会に瑞樹が参列することになっているが、三琴が知るのは日時と会場だけ。だから今日のこの場での邂逅は、本当に偶然の産物であった。

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