その涙が、やさしい雨に変わるまで
 心内で整理していけば、「何を今さら!」の気分となる。
 本当に、瑞樹が記憶をなくしてからこっち、こんなすれ違いばかりだ。
 前にも後ろにもどっちにも動けず、三琴は退職を決意した。退職直前に、またそれが蒸し返されるとは……

 先日の副社長室前室と同じで、瑞樹は辛抱強く三琴の発言を待っている。
 こちらが行動に移らないと永遠にこの状態で向かい合ったまま、そんな緊張感しかなくなっていた。

「…………」

 記憶喪失だった瑞樹に、彼の不安を掻き立てる「知らないこと」を、うっかり口にしてしまった。自分が悪い。
 立つ鳥跡を濁さずだ、この際きれいさっぱり洗いざらし白状してしまおうか?
 そんな自暴自棄の三琴が現れる。

 確かにこの一年と少し、タイミングを見誤って「知らないこと」を知らないままにしておいた。
 瑞樹の自然回復に期待したわけなのだが、期待しかできなかった自分も悪いかもしれない。でもここはやはり穏便に、現状維持したまま退職したほうがいい。美沙希さんのためにも。
 そんな冷静沈着な三琴もやってきた。

「まぁ、上司にいいたくないこともあるだろう。すまない、仕事の邪魔をした」
 無言になりひとり葛藤する三琴に、そう瑞樹は結論付けた。「知らないこと」とは、管理者に落第点をつけるようなことと判断したようだ。

「はい、鍵。残りわずかだが、しっかり業務に励んでくれたまえ」
 殿下然としたもの言いをして、瑞樹は三琴に備品室の鍵を返す。そうして、三琴が使ったのとは別の出入り口から瑞樹はさっさと社屋に入っていった。
 ざんざんと雨は降り続く。三琴の視界から瑞樹が消えてしまえば、雨音がいっそううるさくなるのだった。
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