その涙が、やさしい雨に変わるまで
 瑞樹と偶然鉢合わせたあと、ずっと胸元がもやもやする。業務に集中しても、ふとした弾みで先の会話を思い出してしまう。「知らないこと」を告げる絶好の機会であったのに、失敗した。
 夕方になっても雨はやまなかった。この雨、三琴の心情に連動しているかのようだ。

「うーん、終わった~、間に合った~」
 付きっきりになっていた書類仕事が無事、終業時間前に終わって、彩也子は事務机についたまま伸びをする。
「お疲れ様。ちょっと休憩を入れてから帰る?」
「そうね~、推しのライヴがあるから、それでちょうどいいかも」

 三琴の退職日が近づいていて、なんとなく三琴に対する総務部の空気が少し変わったように三琴は感じる。
 もういなくなる人間に、構う人は少なくなっていく。よそよそしくなるというのだろうか。薄情な感じもするが、皆それぞれに事情がある。いい意味で放置されていた。

「ライヴは何時から?」
 ベンダーマシンの前でカップジュースを飲みながら、三琴は彩也子に推し活動のほどを伺った。
「八時。六時前にここを出れば、大丈夫」
 彩也子のいうライヴとは、推しミュージシャンのファンクラブ特典の先行配信ライヴ。これはファンクラブサイトのアーカイブに残されるのでリアルで視聴しなくてもいいのだが、やはりそこはファン、推しとの一体感を求めて外すことはしない。

「ところで、ファン歴って何年になるの?」
「うーん、大学のときからだから、七年目、かな? あれ、七年も推していたよ!」
 自分で答えておきながら、彩也子本人もびっくりする。
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