その涙が、やさしい雨に変わるまで
 付箋紙の文字に、なんだか見覚えがある。でもそれは、三琴が知っている本多の字ではない。そういえば、社内便の封筒のテーブル表をみたときも同じ印象を受けた。
 そのときは時間を気にする彩也子がそばにいて、他にも総務部のメンバーがいる。三琴はじっくりと確かめるようなことはしなかったのだった。
 そして今、そのときの疑問が甦る。

(まさか、ね)
(そんなに本多さんの直筆はみることはなかったけど、男性ならそんな筆跡かもしれない)
(瑞樹さんが書いた文字だなんてことは……)

 それは偶然で、たまたまよく似た文字なのだと、必死になって三琴は自分にいいきかす。

 余計な期待をしてはいけない。外れたときが辛いから。

 自宅の誰もいないリビングダイニングで深呼吸して、三琴は包みを開いた。
 出てきたのは、ネイビーブルーの名刺入れ。ミュージアムショップで手に入りそうな合皮のシンプルなデザインのもの。明らかに自分のものではない。でも、社内便で三琴の『忘れ物』として届けられた。
 二つ折りのそれを、何気に三琴は開いてみた。すると、名刺が収まるべきところにメモ書きが挟まっている。

「?」

 もうここまでくればわかる。瑞樹が本多の名前を使って、三琴にメッセージを送ってきたのだ。備品庫での会話のあとで届けられたことから、メッセージの内容はあの「知らないこと」に違いない。
 もう一度、三琴は自分に忠告する。余計な期待をしてはいけない。外れたときが辛いからと。
 再び深呼吸して、三琴はメモ書きに目を通した。

――先ほどは驚かせてしまったようで、申し訳ない。
――あのあと考えたのだが、松田さんのいう「知らないこと」は、やはりきちんときいておくべきだと判断した。
――誠に勝手だが、来週の日曜の午前八時から九時までの一時間、時間を取ることができた。デルリーン・リッツ&コートヤードのグランドフロアまでご足労願いたい。
――返事は不要。乗り気でなければ、待ちぼうけに甘んずる。

 やはり差出人は、瑞樹であった。
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