その涙が、やさしい雨に変わるまで
 そうそれは、菱刈から渡された『KUROSAWA EUROPA』のライトグレーの封筒と脩也が後日郵送してきたオレンジ色の封筒。
 菱刈が瑞樹の腹心の部下であれば、脩也は彼の兄である。どちらも瑞樹と縁深い。
 そんなふたりから、同じ日に、同じくらい重みのある書面をもらうなんて……
 その日は一度に問題が提起されて、三琴は嫌になった。放置することで現実逃避を計った。

(これも、合わせて確認しよう)
(いずれは確認しなくてはいけないものだし)
(面倒なものは、まとめて退治だ)

 電源ケーブルと合わせて封筒もダイニングテーブルに並べる。タブレットの充電の間に書面を確認するのだが、果てさて、どちらから読むのが正解だろうか?
 少し考えて、三琴は脩也の封筒に手を伸ばした。


 脩也のほうは、予想どおりニューヨーク時代の実績をまとめたパンフレットと、シカゴでの新プロジェクトのペーパーであった。
 脩也の実績は確かめなくとも、間違いない。転職先になるシカゴのペーパーを、じっくりと読んでいく。
 基本として、脩也はシカゴのクライアントと二年の契約が決まっていて、それに応じての新拠点開設であった。そこでの三琴の仕事は先のバラ園とほぼ同じ。瑞樹の元で務めていた秘書業と変わりないともいえる。
 年俸、諸手当、帰省手当等々の数字が並んでいる。現地通貨払いというところが、海外勤務を意識させる。
 住居については、脩也が借りるビルの一室を一時的に利用できるとある。これは、渡米した際の日本在住スタッフのためのものらしい。先日の酒の席で「シカゴへいったときには……」なんて、メンバーが口にしていたから。
 さらに読んでいくと、インターンシップ制度が用意されていた。

(あれ? これって、個人事務所だよね?)
(すごく至れり尽くせりなんだけど)
(あ、そっか。やる気があっても体が合わないってこともあるかも)

 海外で働く上での一番の懸念は言葉だろう。海外現地採用者と英語でやり取りをしたことはあるが、三琴は現地へいったことはない。日本とは違う気候に水や食べ物、地元の慣習だって、いかなければわからないものがある。

(シカゴって、アメリカ大陸の真ん中よね)
(内地だから、寒暖差が大きいのかな?)
(カナダ寄りであれば、東京よりも寒い?)

 そんなことを考えていけば、このインターンシップ制度はありがたいと思う。
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