その涙が、やさしい雨に変わるまで
――と、次の恋にいく前に、急に気持ちを切り替えるのは難しいだろうから、気分転換にアルバイトしてみない?
――アルバイト?
――そう、アルバイト。一日だけの。
脩也のバラ園のアルバイト勧誘を思い出す。きっとこのシカゴも、このくらいのノリでインターンシップを組んでいるのだろう。脩也さんらしいなと、三琴は思う。
――ねぇねぇ、松田さんって、英語できる?
――英語ですか? 海外現地法人とのやり取りぐらいなら。
――じゃあ、今日みたいなアシスタント業務だと問題なさそうね。
バラ園での春奈とのやり取りを思い出せば、実はあのときからシカゴスタッフの採用試験が始まっていたのではと気がつく。スタッフとの飲み会でも、今にして思えばそれらしきことをメンバーが口にしていた。
そして、今晩の「飲み」ではっきりしたよと脩也はいい、そのあとのこの書類である。
こうなれば、これはもう一種の合格通知にしかみえない。
併せて日本で就活することを考える。間違いなく、訊かれる。なんで『黒澤グループ』を辞めたのかと。
(そんなの、いえるわけないじゃない!)
最低でも次の職場は、同業他社は避けたい。三琴はインサイダーではないが、そんな目で見る人がいないとは限らない。もしその類に出会ってしまえば、いろいろ詮索されそうで嫌だ。
「…………」
そう考えていけば、この脩也のオファーはとても魅力的にみえる。
まず海外の静かなところへいけるし、そこで二年働けばキャリアとしては悪くないと思われた。
瑞樹から「コネほしさに兄に取り入るような真似はやめてほしい」といわれたことが気になるが、脩也は黒澤家から勘当されている身である。それも相当なもので、脩也は瑞樹の結婚のことを知らされていなかったというくらいの。
ここから、今後も脩也と黒澤家との間にコンタクトはない。瑞樹にも秘密にできるだろう。
こんな具合に、三琴の心は大いにシカゴへ傾いていく。
(あ、会社を辞める前に、日本を出る前に、こっちもみないとね)
脩也のオレンジ色の封筒を片付けて、菱刈のライトグレーの封筒に手を伸ばした。