その涙が、やさしい雨に変わるまで
 菱刈の新事業が小島社長の勇退後のポストというのは、あくまでも三琴の推測である。確信のあるものではない。

(でも、三琴。黙って知らん顔して、会社、辞められる?)
(ううん、できないなぁ~)
(あーあ、お人よしの三琴だよ~)

 自問自答して、三琴は決めた。やっぱり、知らん顔しないと。
 三琴と瑞樹との未来は(つい)えたが、菱刈の企画はまだそうでない。瑞樹との交際と同じように極秘で進行していた菱刈の企画は、まだ再起可能。終わっていないし、その鍵を三琴が握っている。
 同じ極秘でも自分の希望は叶わなかったが、菱刈の分は同じ結末になってほしくない。

(そうだ! 瑞樹さんに「知らないこと」があるといったのだから、その「知らないこと」をこの菱刈さんの新企画にしてしまおう)
(実際、本当に瑞樹さんが「知らないこと」には間違いないし)

 幸か不幸か、瑞樹とふたりきりで話をする機会がある。キャンセルすると決めていたが、これを菱刈の新企画のために使うことにする。
 本当の「知らないこと」を隠したまま辞職するのには変わりないが、これをすり替えることで瑞樹の中のもやもやが消えることに期待する。
 辞めていく社のためにここまで配慮する自分は、なんて愛社精神旺盛で、献身的で、お人よしなのだと三琴は思う。彩也子がきけば、きっと呆れるに違いない。

 いざ決心してしまえば、なんだか三琴はすがすがしい気持ちになった。目先のなすべきことがはっきりしたというところか。
 菱刈の企画書を封筒へしまい、クローゼットを開ける。
 そして瑞樹に会うための服を考えるのだった。

 
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