その涙が、やさしい雨に変わるまで
(殿下?)
(そんな人、この社にいたかしら?)

「松田さん、副社長がお出かけするみたいだけど、お隣のあの人は本多さんだよね?」
 確認を求める彩也子の声を受けて、三琴は要人用の車寄せへ視線を移した。

 移した視線の先にいるのは、副社長専用車を待つ瑞樹。その彼の隣にいるのは、彩也子の予想どおり新秘書の本多である。瑞樹よりも少し背の低い本多が、鞄持ちよろしくでさらに小さくなって瑞樹に従っている。
 このふたりの姿に、あらためて三琴は瑞樹の副社長としてのスケジュールを思い返した。

「今日は、グループ会社の定例幹部会だったはず。そこに会長もこられる予定だったと思う。新秘書の紹介をするんだろうね」

 そう三琴がいえば、彩也子はニヤニヤして、
「全然、副社長のスケジュールを把握しているじゃん。それで、インサイダー無関係ですってのは、やっぱり無理だよ」
「え?」
 この彩也子の指摘に、三琴はドキリとする。確かにこの情報、軽く扱えるレベルのものではない。
 それに、瑞樹と距離を取ると決心して辞職を申し入れたのに、まだ頭の中は瑞樹のスケジュールがいっぱいで、ひとかけらも忘れていない。未練たらしいこと、限りなしである。

「ん、ん、コホン」
 わざとらしい咳払いをして、
「一昨日まで執務室前室にいたから。ま、まだ、遠い記憶になっていないだけだから」
と、三琴は誤魔化しにかかる。

 三琴の心配とは別に、彩也子はのん気なものだった。
「何、焦っているのよ? まだ一週間と経っていない仕事内容だもん、忘れているほうがヤバくない?」
「あ、そうね」
 それしか三琴はいえない。

 これ以上突っ込まれても困るので、何か話題転換になるものはと三琴は探る。
「あ、さっきの……」
「さっきの、何?」
「殿下って、誰のこと? 受付だけの極秘かしら?」
 ああ、あれね、と彩也子は三琴を引き寄せて、耳元でささやいた。
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