その涙が、やさしい雨に変わるまで
秘書用のスマートフォンが不通となっているから、そう考えるのが自然である。
『解雇』という単語だと、いかにも自分が悪いことをして……という印象があるが、実際に『退職願』を提出したのは三琴のほう。当たらずとも遠からずという感じだ。
(退職のことは、隠しても仕方のないことよね)
(新しい秘書のことも耳に入れておいたほうがいいだろうし)
(どこから説明すればいいかしら?)
特に急かすことなく、脩也は三琴の目の前で、ただただ久しぶりの日本食を堪能している。「すみませーん、ビールのお替り、ふたつ」と勝手に三琴の分まで追加オーダーする始末だ。
この間の取り方、瑞樹さんと一緒ね、なんて思いながら三琴はいろいろ頭の中を整理した。
前回、脩也と会ったのは一年十ヶ月前。そのときは、三琴は瑞樹の恋人であった。兄さんに僕のカノジョを紹介するよといわれて、脩也と会ったのだった。
その次に脩也と会ったのは、今である。
それまでに脩也は何度か帰国していたが、瑞樹との予定が合わず兄弟の再会は実現しなかった。そう実は、三琴と脩也は紹介のときの一度しか会っていないのだ。
直接会ってはいなくても脩也とはメールのやり取りをしたし、Web会議アプリで瑞樹とともに画面越しに会話したことがある。ただし、これは三琴が瑞樹とお付き合いしていたときのこと。
記憶をなくした瑞樹は三琴と恋人同士であったことだけでなく、三琴が脩也との連絡係であったことも忘れてしまっているようだった。
忘れてしまっているようだった――これは、確認するのは難しい。
兄弟のコンタクトは脩也からと決まっていたから、瑞樹が脩也に連絡することはない。脩也のほうで「会いたい」とか「話をしたい」という意思が強く働かなければ、瑞樹と脩也は音信不通のままなのだ。
瑞樹が転落事故に遭ったのとほぼ同時に、脩也は脩也でフォトグラファーとして忙しくなった。脩也に弟と話をする時間が取れなくなり、コンタクトが途絶えた。
おそろしく偶然が重なって、黒澤兄弟の間でぽっかりと情報の空白期間ができてしまっていた。
『解雇』という単語だと、いかにも自分が悪いことをして……という印象があるが、実際に『退職願』を提出したのは三琴のほう。当たらずとも遠からずという感じだ。
(退職のことは、隠しても仕方のないことよね)
(新しい秘書のことも耳に入れておいたほうがいいだろうし)
(どこから説明すればいいかしら?)
特に急かすことなく、脩也は三琴の目の前で、ただただ久しぶりの日本食を堪能している。「すみませーん、ビールのお替り、ふたつ」と勝手に三琴の分まで追加オーダーする始末だ。
この間の取り方、瑞樹さんと一緒ね、なんて思いながら三琴はいろいろ頭の中を整理した。
前回、脩也と会ったのは一年十ヶ月前。そのときは、三琴は瑞樹の恋人であった。兄さんに僕のカノジョを紹介するよといわれて、脩也と会ったのだった。
その次に脩也と会ったのは、今である。
それまでに脩也は何度か帰国していたが、瑞樹との予定が合わず兄弟の再会は実現しなかった。そう実は、三琴と脩也は紹介のときの一度しか会っていないのだ。
直接会ってはいなくても脩也とはメールのやり取りをしたし、Web会議アプリで瑞樹とともに画面越しに会話したことがある。ただし、これは三琴が瑞樹とお付き合いしていたときのこと。
記憶をなくした瑞樹は三琴と恋人同士であったことだけでなく、三琴が脩也との連絡係であったことも忘れてしまっているようだった。
忘れてしまっているようだった――これは、確認するのは難しい。
兄弟のコンタクトは脩也からと決まっていたから、瑞樹が脩也に連絡することはない。脩也のほうで「会いたい」とか「話をしたい」という意思が強く働かなければ、瑞樹と脩也は音信不通のままなのだ。
瑞樹が転落事故に遭ったのとほぼ同時に、脩也は脩也でフォトグラファーとして忙しくなった。脩也に弟と話をする時間が取れなくなり、コンタクトが途絶えた。
おそろしく偶然が重なって、黒澤兄弟の間でぽっかりと情報の空白期間ができてしまっていた。