その涙が、やさしい雨に変わるまで
「えーと、ですね、最後に副社長とリモートでお話されたのは、前回のコンクール入選のご報告だったのですが……」
 そう三琴が切り出すと、脩也はあさりを剝く手を止めて、
「そうだな。そのくらいだった。ということは、いま五月だから……え、そこからだと……一年三ヶ月か」
「はい。そうなりますね」

 兄弟音信不通の時期が、きれいに瑞樹の失った記憶の期間に含まれている。もうまるで、神様に謀られたかのよう。

 もし瑞樹が美沙希との結婚を決める前に脩也から何らかのコンタクトがあれば、それをきっかけに事態が変わっていたかもしれない。そんなことを、辞職願を出すまで三琴は思っていたりもした。

 なぜなら瑞樹と脩也とのコンタクトでは必ず三琴が関与することになるし、兄弟の会話の中に三琴とのことが話題に上がるはずだから。これで瑞樹の記憶が戻ればと、何度思ったことだろう。
 
 しかし期待むなしく現実は脩也からのコンタクトがピタリとなくなって、三琴のほうも『out of sight,out of mind』で脩也のことを忘れかけていたのだった。

 こんな経緯では、脩也はタイムマシンに乗って過去から現代にやってきた浦島太郎だ。
 親から勘当されているとしても、弟の結婚のことを知らせないことはないのではと三琴は思う。式の参列者のこともあれば、瑞樹の口からはいずれは長男と和解したいようなことを会長夫妻はいっていたのだし。

(まさかと思うけど、瑞樹さんの結婚のことは知っているわよね? 今回の帰国はそれかもしれないし)
(でも一応、確認したほうがいいわよね。もし知らなかったら、話がややこしくなるから)
(社では瑞樹さんの結婚のことはまだ非公開だから、これも教えておかないと)

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