その涙が、やさしい雨に変わるまで
 なんでこんなことを、三琴が脩也に確認しなくてはならないのか?

 理由はただひとつ。三琴だけが脩也の真の姿を知っているから。
 瑞樹との結婚の夢に破れただけでなく、兄弟の尻拭いのようなこともするなるなんて、神様はとことん残酷である。

 でもこれは、きれいさっぱりと瑞樹のことを忘れるための試練だと、社からも完全に無関係になる儀式だと考えて、三琴は意を決する。
 その前に、脩也の隙をみて三琴はこっそり深呼吸した。息を吸って、吐いて、また吸って、そして……

「あの、副社長がご結婚されるというのは、ご存じですか?」
「は? 結婚? 瑞樹が?」
「はい。秋にも挙式予定です」

 いざ瑞樹の結婚を口にすれば、三琴は鼻奥がツンとした。
 何度も何度も自分にいいきかせてきた内容だけど、音にして口から発してしまえば、また新たな悲しみが体の奥底から滲みだしてくる。

 目の前にいるのはのん気な様子の脩也であるが、瑞樹の実兄である。
 今はリラックスして無精ひげの緩い私服姿の脩也がいる。脩也は、今はこんな姿であっても鋭い刃物のようなまなざしを向けてビシッと身嗜みを整えた緊張感のあるスーツ姿の瑞樹と、どこか面影が似ている。血は争えないなと思う。
 そんな兄弟の似ているところを見つけてしまえば、三琴としては、もう一度、辞職願を提出しているかのような気分だ。

 三琴はこんな感想を抱いたが、弟の結婚を知らされた脩也のほうは目を丸くした。彼の箸の動きが止まる。
 
「そうなんだ。おめでとう。式は和式かな?」
と一度は驚いてみせた脩也だったが、そこは年配者の余裕か、海外居住経験者ならではの胆の太さか、すぐに元の軽い調子に戻った。

 そして、
「松田ちゃんなら白無垢だけでなくドレスも似合うだろうから、お色直しもさぞかしきれいだろうね」
と、瑞樹の花嫁が三琴であると信じ切って先を進めていく。

 これっぽちも脩也は、瑞樹の結婚のことを知らなかった。
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