その涙が、やさしい雨に変わるまで
 ふたりで並んで夜がはじまったばかりの町を歩く。
 必要以上に明るくないし、必要以上に暗くない。並んでいれば顔を合わせることもないから、歩くにつれてだんだん三琴は落ち着きを取り戻せた。

「ごめんね、知らなかったとはいえ、無神経なことをいっちゃって」
「いえ。私こそ未練たっぷりで、みっともなかったです」

 落ち着きが取り戻せても、三琴は鼻声だ。
 脩也のほうは夜で花粉が飛んでいないせいか、今はマスクなしである。昼間の受付カウンターとは逆になり、ふたりの声の調子は入れ替わっていた。

「副社長のことは全然、知らなかったのですか?」
「うん。怪我も結婚も、両方ともね。まぁ、瑞樹の年齢だとそうだよなぁ。社長になる前に済ませておくほうがいいだろうし」

 何気ない脩也のセリフに、また三琴は辛くなる。
 一年前に瑞樹からプロポーズをもらったのだが、あれは瑞樹の側にすれば、ちょうどいい時期だったのだとわかる。運よく瑞樹と出会えて、意気投合して、時が熟して結婚へとなろうとしていた。本当に、そのときまでは幸福な身の上だったのだと、三琴は思う。
 三琴の運はそこで尽きてしまったのだが、同時に美沙希との結婚がとてもスピードのあるものである理由が納得できた。
 タイミングの良い、悪いの両極端な事例を、自分は体験したのかもと切なくなる。

「今回、帰国したのは、新しい企画がはじまるから、その準備で帰国したんだ。企画がはじまれば、しばらく日本に戻れそうにないから、瑞樹に会っておくいい機会だと思って、ね」

 そういういい方をされると、その新しい企画というのはかなり大きな案件のようだ。はじまればそれに付きっきりのようにきこえる。その前に瑞樹に会っておきたい、家族の中で唯一の理解者である弟に報告をしたいのだと、三琴は思う。

「アポイントメント、どうしましょうか? 後任の本多さんを飛ばす形にはなりますが、まだ副社長のもとへ直接、いくことができます」 
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