その涙が、やさしい雨に変わるまで
 その春奈の撮影の様子を黙って三琴はみていた。
 今日のようなプロのカメラマンの仕事をそばでみるのは、めったにない機会である。不用意に話しかけて彼女の集中力を削いではいけない、これは大事な勉強会でもあるのだから。

 春奈は三琴の存在を気にせずに、あちこちと歩き回る。三琴は依然興味津々で、無言に徹して春奈を見守っていた。
 そして、気づく。春奈の荷物も多さに。カメラ自体複数個持ち歩いているにしても、多い気がする。
 
 カシャカシャと、ご機嫌で春奈はバラ園を撮影して、ひと呼吸入れる。
 すると、ジージーと、どこからか不思議な音がした。音がやむと春奈はカメラの本体うしろの蓋を開け、きれいに巻かれたフィルムを抜き取った。

「え? それって……」
「へへ! びっくりした? これ、懐かしのフィルムカメラなのよ」
 したり顔で春奈はいってみせた。春奈の荷物が多い理由が、解明されたのだった。

 今時、商業フォトグラファーはすべてデジタル画像だと三琴は信じ切っていた。フィルムカメラなんて、もう懐古趣味とか骨董の世界でしか存在しないとも思っていた。

「依頼はすべてデジタルで納品だよ。アナログフィルムに触ることなく仕事をはじめる人も、これから増えると思う」
 三琴の疑問を先回りして、そう春奈は答えた。

 デジタルがメインの商業フォトの世界で、なぜアナログフィルムカメラで練習するのか?

 この三琴の疑問にも春奈は勘付いて、教えてくれた。

「今日のフィルムは、脩也さんの指定なのよ」
「指定?」
「そう。アナログだとやり直しがきかなくて一瞬一瞬が勝負だからね、デジタルでいくらでも取り直し、修正し直しできるといっても、撮影時にはやはりそのときそのときの集中力や判断力が必要だから。フィルム撮影は、それを強化するいい練習になるのよ」
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