我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
「こんにちはギーさん。おばさまの薬を持ってきました」
 ジェシカが扉をノックするも返事はない。
「……おかしいですね。いつもこの時間にはいるはずなのに」
 扉に手をかけてみると、どうやら鍵は開いているみたいだった。返事がないまま上がるのには少し躊躇いがあったが、いつも来ていることもあってかジェシカはあまり深く考えていないようで、ずかずかと家の中へ入って右奥にある扉を開ける。私も慌ててついていくと、そこには布団の上で寝ている50代くらいの女性の姿があった。
「ロラおばさま、具合はどうですか?」
「ああ、ジェシカちゃん。……それと」
「初めまして。アナスタシアと申します」
 ゆっくりと上体を起こして私を見るロラさんに、私はぺこりと頭を下げる。
「アナスタシアちゃん。これはまぁ、綺麗なお嬢さんがこんなところに」
 ロラさんはジェシカに負けず劣らず優しい笑みを見せた。ずっと同じところで寝たきりなのか、来ている寝間着も毛布もすっかりくたびれている。
 ジェシカは慣れた手つきで薬をお湯に溶かすと、ロラさんの口に運んだ。薬を飲む瞬間、ロラさんの眉間に皺が寄った。……あの薬、相当苦いとみた。
「いつもありがとうねジェシカちゃん」
「いえ。……少しはよくなりました?」
「薬を飲めば症状は落ち着くようになったよ。でも、今日は少し熱っぽくてね……」
 額を抑えてロラさんが言う。私はロラさんに近づいて、ユーインにしたようにロラさんの額に自らの手のひらをかざしてみた。
「……すごい。一気に身体が熱くなくなった。すごい。まるで魔法だね」
「魔法ですよ。ロラさん」
 驚いて私を見るロラさんを見て、くすりと笑ってみせる。聖女の光を目の当たりにして、ジェシカも両手で口を覆って驚いていた。
「聖女様って、やっぱり神様みたいな超越した力をお持ちなのですね。聖女様がいれば、私の薬なんて必要ないんじゃあ」
「それは違うわジェシカ。聖女も万能じゃないの。傷を時間をかけずに治したり、具合が悪い状態から回復させることはできるけれど――病気自体を治すことは難しい」
 軽度の風邪くらいなら、本人の回復力によってそのまま治ってしまうこともあるが、持病や重い病気を聖女の光で治すことはできないのだ。
「だからあなたの薬は、この村に……いいえ。この世界に絶対必要なのよ」
「……アナスタシア様」
 ジェシカは空になった小瓶をぎゅっと握って、私のほうを真っすぐと見つめた。
「……それにしても、ギーは帰ってくるのが遅いねぇ」
 窓の外を覗きながら、ロラさんがぽつりと呟く。
「ギーさん、どこかへお出かけしたんですか?」
「食べ物が底をついたから、東の森に狩りをしてくるって。最近は魔物の数も増えたって聞いたから、止めたんだけど。……まさか、魔物に襲われたりしてないかしら」
 ジェシカの質問に、ロラさんが心配そうに答えた。正直、襲われていないとは言い切れない状況に、部屋の中に不穏な空気が漂い始める。
「私、ギーさんを探しに森へ様子を見に行ってきます」
 いてもたってもいられなくなり、私はふたりにそう告げた。
「ありがたいけど、森は危ないんだよ。アナスタシアちゃん」
「ご心配ありがとうございますロラさん。でも私、平気なので」
「へ、平気って。アナスタシア様、危険です! 武器もなく森へ入るなんて!」
「大丈夫だから。……さっき言ったでしょう? 私はもうひとつ力があるって」
 ワンピースの裾についたほこりを払い、私は扉に手をかけると、振り返ってにこりと笑って言う。
「私、〝魔物使い〟なの」
 呆気に取られているふたりをよそに、私は走り始めたのだった。

** *

 ロラさんの言葉をたよりに、私は村から東に位置する森へ向かう。
ここまでジェシカとロラさんの家を行き来していたけれど――ユーインはまだちゃんと私を追いかけてくれているのだろうか。というか、私もジェシカと話しているあたりからユーインのことをすっかり忘れていた。振り返ってはみるものの、やはりユーインの気配はまったく感じられなかった。
「ひとまず、ギーさんを見つけないといけないわ」
 口ぶり的に、ギーさんはロラさんの息子だろう。親子でここへ追放され、ロラさんが身体を壊し、ギーさんが看病している……という感じだろうか。
 病気を患っても支援もなにもない。ましてや医者がいるわけでもない。それが終末の村だとわかっていても、この村でこれまでどれだけの人が病気で亡くなったのかを考えると、悲しくてやりきれない気持ちになる。
 せめて私の力で救える人は、これから救っていきたい……。魔物からの被害だって。
 ジェシカの話を聞く限り、ここの人たちは私と同じ。だったら放っておくことは、楽しい村づくりという目的がなくともできないに決まっている。
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