我慢ばかりの「お姉様」をやめさせていただきます~追放された出来損ない聖女、実は魔物を従わせて王都を守っていました。追放先で自由気ままに村づくりを謳歌します~
 次の日。
 昨日よりも早く目が覚めた。壁にかかっている時計を見ると時刻は六時。二度寝してもいいが……今日は動いていないと落ち着かない、そんな気分だ。
【うーん……アナ?】
私がもぞもぞと身体を動かしたせいか、一緒に寝ていたクロマルも目覚めてしまった。
「早めに村へ行ってみようと思うんだけど、一緒に来る?」
 そう聞くと、クロマルは眠たげな目を擦りながら頷く。本当はまだ寝ていたいんだと思うけど、ユーインとふたりきりになるのがよっぽど嫌みたい。
 私は寝ているユーインに簡単な朝食と置手紙を置いて、そーっと家を出て行った。ユーインも疲れているだろうから、今日の朝は護衛の仕事を休ませてあげよう。
【なんでこんな早く村に行くの?】
 クロマルがあくびをしながら私に尋ねる。
「村づくりを始められると思うと……なんだかそわそわしちゃって」
 まるで遠足前の子供みたいだわと、自分で笑ってしまう。
「……ん? あれって」
 村へ着くと、はしごをかけて屋根の上に登っているギーさんが見えた。右手には金槌を握っており、壊れた箇所の修復作業を行っている。
「……ギーさん!」
 ギーさんの家まで走ると、作業中にも関わらず名前を呼んでしまった。上を見ると、ギーさんが屋根の上から顔を覗かせる。
「おはようございます! 朝からなにをしているんですか?」
「……それはどっちもどっちだろ」
 面倒くさそうに呟くギーさんは、昨日まで長袖のシャツに動きやすそうなパンツ姿だったのに、今日は上は黒のタンクトップ、腰のあたりで作業着のつなぎの上半身部分を結んでいた。
「ギーさん、単刀直入に言わせていただきますが……」
「な、なんだよ」
「とてもいい身体をしていますね」
「はぁっ⁉ なに言い出すんだよ急に!」
 ギーさんは昨日とは別の意味で顔を真っ赤にして、屋根の上でバランスを崩しかけていた。
「いや、腕の筋肉が素晴らしいというか。実は昨日、傷を治す際に触った時もちょっと思ってて……」
「……まぁ、小さい頃からずっと大工になるために修行してたからな」
「なんと! ギーさんは大工さんだったのですね!」
 両手を合わせて、私は納得の声を上げた。同時に、昨日言い淀んでいた理由もわかった。利き腕を負傷したことにより、ギーさんは誇りを持っていた大工の仕事を奪われてしまったんだ。
「ここに来る前は、結構いいところで働いてたんだぜ。だけど事故を起こして、その罪を全部背負って……母さんともどもこのザマだ。最初はこうやっていろんなやつらの家を直してやってたけど、魔物に襲われたせいでその気力すらなくなった」
 私と喋りながら、ギーさんは作業を再開する。カンカンとネジを打ち付ける音が、静かな村に朝がきたことを知らせるように響く。
「だけど今こうしているってことは……またその腕を振るわせる気になってくれたと受け取ってよろしいですか?」
「……勝手にしろ。お前に救ってもらった右腕だ。だったらお前のやることに貢献して恩返しするほかねぇ」
「ということは、村づくりに協力してくれるんですね⁉」
「……まぁ、な」
 ギーさんはなにも言わず背を向けたままだが、一旦手を止めると、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声量で答えた。
「ありがとうギーさん! 私のことはアナって呼んで!」
「急にフランクだな……なんだか調子が狂うぜ。こんな元気なやつがいると」
 朝から村に来てよかった。こんな素敵なことが起こったんだもの。
「アナスタシア様、ギーさん!」
 私が両手を挙げて大喜びしていると、後ろからジェシカの声が聞こえた。
「ジェシカ、おはよう! 聞いて。ギーさんが村の復興を手伝ってくれるって!」
「ええ。懐かしい音が聞こえたから、私もたまらず出てきてしまいました。……もしかすると、少々近所迷惑かもしれないですけど」
 そう言ってジェシカは苦笑する。実際にギーさんのご近所さんであるジェシカが言うのだから説得力がある。だがギーさんはそんなことお構いなしという感じで作業を続けている。ギーさんもはやる気持ちが抑えきれずそわそわして仕方なかったのかもしれない。
「アナスタシア様、私も昨日あなたの話を聞いて、もう一回ここで頑張ることに決めたんです! これまでは魔物が怖くてあまり森に薬草を探しに行けなかったけど、もう我慢しなくていいんだって思うと……なんだかわくわくして。こんな気持ちは久しぶりです」
 ジェシカは興奮冷めやらぬというふうに、私に昨晩思いついた新たな夢を語ってくれた。それは、この森の薬草を使って、新たな薬を作るという夢だった。ジェシカらしい素敵な夢に、聞いている私まで気分が高揚してくる。
「終末の村には、まだまだこの国で知られていない薬草が眠っているかもしれません! だから私、さっそくこれから採りにいってきます」
「あ、だったら森の道案内にこの子を連れて行って。迷った時に、きっと役に立ってくれると思うわ」
 私は足元でまだ寝ぼけているクロマルを抱き起こす。
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