雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
苦しいのは、着慣れていない着物を着ているから――。
胸を押さえながらそう自分に言い聞かせる。
大丈夫だと自分に暗示をかけるように少し胸をさすって、前を見た。
笑顔で。笑顔で……。
たくさんの上流階級の人たちの中にいる自分。
一体私は、誰に笑いかけているのだろう。
それでも、笑顔でいないと。
そう言い聞かせれば言い聞かせるほどに胸の苦しさが増して、吐き気が込み上げて来る。
早く、ここから出たい――。
どんなに押さえつけても弱い自分が顔を出す。この足は、勝手に出口へと向かってしまう。
「――榊さん、大丈夫ですか?」
もつれるようにして向かった足がふらついて思わず壁に手を付いた時、心配そうに顔を覗き込んで来たのは宮川さんだった。
「は、はい、大丈夫です」
慌てて壁から手を離し、なんとか真っ直ぐに立つ。
「もう、お帰りですか?」
「はい。この後、所要がありまして、これで失礼させていただこうと……」
咄嗟に笑顔を作り、そうでたらめを言っていた。帰るにしてもこの着物は返さなければならない。かろうじてそのことに思い至る。
「このお着物、お手入れしてお返しいたしますから――」
「手入れなんていいのよ。お着替え、さっきの私の部屋でなさる? それとも――」
「いえ! 後のことは自分で何とか致しますので。お着物は、きちんとお手入れしてお返しします」
宮川さんの言葉を遮り、捲し立てる。
そんな私を驚いたように見つめる宮川さんの表情に、ハッとした。
自分が、宮川さんとこれ以上接しているのが辛いからって、早くこの場から逃れようとしてしまった。
今日、お世話になった、まさに助けてくれたその人なのに……。
「……だったら、その着物差し上げます」
「えっ?」
宮川さんの笑顔とその言葉に驚く。