雪降る夜はあなたに会いたい 【下】

 榊君の顔を視界に入れたと同時に、身体に力を入れる。そして、壁から離れ踏ん張るようにして立った。すぐに表情を取り繕う。

「榊君――」
「雪野、さん」

私の目の前にたどり着くと、”雪野さん”とぎこちなくもう一度名前を呼んだ。様子をうかがうような目がじっと私を見つめている。

「どうしたの? 今日は、お宅にいたんだね?」

榊君に会うのは、結婚式の日以来のことだ。

榊君は、創介さんが家を出た後、家に戻り家族と一緒に住んでいると聞いていた。
やっぱりお母様のそばにいてあげたいのだと思う。

咄嗟に繕った表情も、身体中を襲う気怠さのせいで上手くいかない。

「私は今までお邪魔してて、これから帰るところなの。じゃあ、また――」

これ以上取り繕うのも限界で、最後になんとか笑みを作って逃げるように立ち去ろうとした。

「待って」

腕を素早く掴まれて、その反動で身体揺れる。

「送って行くから」
「……大丈夫。電車ですぐだから」
「送るよ」

私がどれだけ必死に笑みを作ってみても、榊君の表情は強張ったままだった。私にはそれが気詰りだった。

何も、知られたくない。
こんな私の姿を、見られたくない。

「今、車取って来るからここで待っていて。絶対だよ」

何度も念を押すように後ずさりながらそう言って、そして踵を返して家の方に戻って行った。
その背中を確認して、私は自分の肩を支えるようにして歩き出した。

誰かと平静を装って向き合う余裕はない。必死に前へ前へと歩みを進めた。


「雪野さん!」

私の横を青い車が通り過ぎた後ブレーキがかかり、榊君が出て来た。

「待っていてって、言ったでしょ」
「本当に大丈夫だから――」
「自分がどれだけ顔色が悪いか分かってる? そんな君を一人で帰せるわけがないだろ」

いつも穏やかな話し方をする榊君が厳しい口調で言い放った。

「君の許可を取るつもりはないから」

何故だか榊君が怒ったように私の腕を掴み、助手席へと押し込んだ。

 初めて乗る榊君の車は落ち着かなくて、窓際に身体を寄せた。本当は、他愛もない会話をするべきなんだろう。でも、もうそんな気力もなくて、私はただじっと窓の外を見ていた。

「――体調悪いんだろう? 顔色も悪いし、それに、凄く痩せたよ。結婚式の日に幸せそうに笑っていた君と雰囲気が全然違う」

ハンドルを握り前を見ながら、榊君が言う。その横顔は、やっぱり怒っているみたいだった。

「うん。最近、ちょっと疲れてるだけなの。仕事……仕事が今、たてこんでて。それで――」

一緒にバイトをしていた時以来、榊君とこうして二人きりになったことはない。それでいて義理弟としてだけの知り合いじゃない。その微妙な距離感が、この空気を妙に張り詰めさせる。

「ごめん。僕、さっき立ち聞きした。叔母さんと君が居間で話してるの」

その言葉が鋭く胸に刺さる。

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