雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
二人で幸せになろうって、創介さんが言ってくれた。プロポーズしてくれた時、結婚した時、創介さんがくれた言葉だけを必死に思い出そうとした。
それは、周囲から向けられる大きな力に抗えなくなりそうで怖くて怖くて仕方がなかったから。
「雪野さんっ」
早く、帰ろう。創介さんと私の部屋に――。
「雪野さん――」
上手く動かない足から力が抜けて、ふっと身体が浮くような感覚になった。
このまま倒れてしまうのだろうか――。
そんなことを他人事のように思っていると、何かが私の肩を抱き留めた。
「心配だから君の部屋まで送る。途中で倒れられたりしたら困るから」
「大丈夫だからっ!」
「僕を困らせないで。言うことをきいて」
私の顔を一切見ずにそう言うと、私の腕を掴み榊君が歩き出す。
エレベーターに乗り込むと、榊君が私の腕から手を離した。
早く着いてほしいと願いながらエレベーターの回数表示を見つめていた。目的の階に着くと、逃れるように自分の部屋へと急いだ。
「もう、大丈夫だから。ありがとう」
私の住む部屋の前に来て、榊君の顔を見ずにそれだけを告げた。早く部屋の中に入ってしまいたいと焦るようにバッグの中から部屋の鍵を探す。
「僕は、君のことが心配だ。そんなに兄さんといたいなら、全部兄さんに話すんだ。これまで受けた仕打ちを全部!」
その言葉に、鍵を探す手の動きを止めた。
「君が言えないなら、全部僕が話すよ――」
「それだけは、やめて!」
そんなことしたら――。
叔母様から言われた言葉がフラッシュバックのように蘇る。
――苦しむあなたを見ていたら、創介も苦しむことになる。
これ以上、創介さんのそばにいられなくなるような状況を作らないでほしい。
創介さんを苦しめたら、そばにいられなくなる。
「お願い……」
こらえていたものが零れ落ちた瞬間、視界が暗くなった。
「君が辛いだけじゃないか……。あの人は結局、君を幸せにはできない」
背中に回された腕に力が込められる。それで、榊君に抱き締められているのだと気付いた。
「こんなことしないで。私をこれ以上、惨めな気持ちにさせないで……っ」
惨めな私を、榊君は憐れんでいる――。
そう思ったら、耐えられなかった。
いろんな人に憐れまれてばかりだ。
「榊君っ」
その腕から一刻も早く逃れたくて、腕の中でもがく。
こんなことされたら、自分がどうしようもない人間のように思えて来る。
「――雪野」
榊君の腕が緩む。
「……兄さん」
緩んだ腕から咄嗟に離れる。そうして見上げた先に、スーツケースを引いた創介さんがいた。
どうして、創介さんがいるの――?
この二週間、会いたくて会いたくて仕方がなかった人。
それなのに。その目は、私を見てくれる時の目と全然違う、鋭くて険しい目だった。