雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
(あの時私は奥様に、栗林専務と竹中常務と、榊常務との関係を説明することもできました。私は、栗林専務の奥様が、どういう方か少なからず分かっておりましたから。でも、奥様に詳しくはお伝えしませんでした。幹部婦人の会合で、奥様がどんな扱いを受けるか予想出来ていながら――)
神原が息を飲むように言葉を止めると、躊躇いを振り切るように言った。
(心の奥底で思っていたんです。奥様が現実を思い知ればいいと)
どうして、優しい人間はこんな風に傷付けられるんだろうな――。
そういう俺だって、人を傷付けてきた人間の中の一人だ。
堅実に慎ましやかに生きていた雪野を、自分の意のままにこちら側へと引きずり込んだ。
「……どうして、そんなことをわざわざ俺に言った? 罪滅ぼしか? 罪の意識に苛まれて、こんなに詳細に調べ尽したのか!」
感情を抑えることができず、神原に声を上げていた。
短い時間にこれだけのことを調べるのは、簡単ではなかっただろう。本社の幹部の秘書に頼んで回ったに違いない。栗林と距離を置く幹部婦人、講演会に参加した可能性のある人間、一人一人秘書の伝手を頼って。
(この程度で罪滅ぼしになるとは思っておりません。私は、常務の秘書を解任されても当然だと思っております。その覚悟も出来ております)
そうはっきりと言うと、先ほどより強い意思を持った声で神原が続けた。
(周囲の方のこと、常務のことを真っ先に考えてしまう奥様でいらっしゃるから、おそらく今回のことも詳しくは常務にはお伝えしないのだと思います。そうして、また奥様は一人で苦しまれることになる。ですから、私が出来得る限り情報を集めて常務にお伝えしなければならないと思いました)
雪野――。
雪野の元へ行かないと。これ以上一人で苦しめたくない。今、一人にしてはだめだ。
(今回の件で、どんな辞令も覚悟しております――)
「今日一日でここでの業務を整理して、すぐに帰国する」
(は、はい、でも――)
戸惑う神原に告げた。
「もし本当に雪野に悪いと思っているなら、これからは、あいつの味方になってやってくれ」
一瞬の間の後、やけに大きい声で神原は「はい」と言った。