雪降る夜はあなたに会いたい 【下】

「この酒は、甘みがあって飲みやすいから。もっと飲め」

雪野の前にお猪口を差し出す。どちらかと言うと飲みやすい日本酒だ。雪野も酒が進むだろう。

雪野が酒に酔えば、いつもはなかなか出せない本音を出してくれることを知っている。

いつもの何倍も甘えてくることも――。

とりあえず、荒療治かもしれないが、酒の力でも借りて無理にでも甘えさせて。甘えてもいいんだと、少しずつ分からせたい。

本当は、もっと酔わせてどさくさに紛れてどこかに連れ込みたい――。

そんな欲望に駆られたが、程よいところで切り上げる。

 この後連れて行きたい場所がある。ほろ酔いくらいがちょうどいい。


「そろそろ出るか」
「え? もう、こんな時間ですか?」

腕時計を見ながら雪野が驚く。

「二時間は経ってるな」
「あっという間で……。こんなに楽しかったの、久しぶりかも」

目を潤ませて、ここ最近見たことのない満面の笑みで見上げて来る。

 それは、本当に屈託のない笑みで。その笑顔を見ていたら、何かが込み上げて来そうになって慌てて立ち上がった。

「行くぞ」
「はい」

むしろ俺の方が少し飲み過ぎたか――。

のれんをくぐり外へと出ると、すぐに雪野の手を取った。

「久しぶりの夜のデートみたいで、楽しかったー」

俺の手を握り返し、雪野が空を仰ぎ見て声を上げた。

「少し、酔ったか?」
「はい。でも、これくらいならまだ大丈夫ですよ! 前より強くなったんです」
「それは残念だ。雪野には酒には弱いままでいてほしかったな」
「え? それは、どういう意味?」

雪野が俺の顔を覗き込むように身体を屈めて見上げて来る。本当にほろ酔いだ。いつもよりずっと、雪野が楽しげだ。

酒の力も借りて、心を緩められたかな。やっぱり、居酒屋に連れて来て良かった――。

「いや、なんでもないよ」

酔わせていつもは見られない雪野の姿が見たい――なんて言おうおものなら激しい抵抗にあうだろう。

「それより。これは、”デートみたい”じゃなくてデートだよ。それに、まだデートは終わってない」
「まだ、どこかに?」

目をぱちくりとさせた雪野に微笑む。

「ああ。ここから歩いて行ける場所だ」

雪野の手を引いて、夜の街を歩く。居酒屋のあった路地から大通りに出れば、車も人も、溢れるほどに行き交っている。

「どこに行くの?」
「すぐにわかるさ」

雪野をこの日連れて行きたい場所、それは丸菱グループ本社ビルだ。


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