雪降る夜はあなたに会いたい 【下】

「『そんな創介さん、嫌いです』なんて、雪野ちゃんに言われたりして。このみっともないまでの独占欲に嫌気がさしたら、いつでも俺のところにおいでー」
「おまえ――。言いたいことはそれだけか?」

創介さんが木村さんの肩を掴んだ。緩い笑顔を崩すことなかった木村さんが固まる。
多分、創介さんは本気で怒っている。そのことに木村さんが気付いたからだ。

「ちょ、ちょっと、創介さん! 違うんです。本当は、木村さんが私を助けてくれて――」

このままでは木村さんに申し訳ない。私は創介さんの腕を必死に掴んだ。

「おい! おまえは、そんなに自信がないのかよ!」

壁に追い立てられながらも、木村さんが叫んだ。

「嫉妬も独占欲も、度が過ぎると雪野ちゃんに失礼だろ」
「なに?」

木村さんが創介さんの腕を振り払い、ジャケットの襟元を正した。

「おまえがあまりに幸せ者だから、悔しくて少しからかってやろうと思ったら……。こんなことくらいで取り乱しやがって。少しは雪野ちゃんを見習えよ」

創介さんに向かって言い放つ。

「確かな約束がなくても、縛り付けたりしなくても、ずっとおまえの傍にいた子だろう? おまえを好きだという気持ち、ただそれだけで。何をそんなに怯えてるんだ」
「木村……」

創介さんが、言葉を失ったかのように木村さんをじっと見つめていた。

「何の見返りもない。保証もない。それでもおまえへの気持ちを大事に守ってきた。それ以上に強い愛情があるのか? その辺のところもう一度考えろ、馬鹿めが」
「……そうだな」

吐息交じりの創介さんの声がふっと零れた。

「雪野の気持ちを信じていないわけじゃない。十分すぎるほどに分かるのに、失いたくないと強く不安になる。でも、それが雪野の気持ちを無視していることになるんだな」

弱り切った創介さんの顔を見て、木村さんがまたニンマリとした表情をする。

「愛を知った男は素直だな。以前のおまえなら、俺が意見しようものなら『黙ってろ』の一言で一蹴してただろう。雪野ちゃんの教育の賜物か!」

そう言うと、「もう、おまえは一生、雪野ちゃんにひれ伏して生きていろ!」と木村さんが笑った。

「おまえに言われるまでもないさ。俺は、雪野にすべてを捧げている」

創介さんが真顔でそんなことを言う。人前で堂々と言ってしまえる創介さんに、照れるのは私の方だ。

「……ったく、おまえは。昔と違い過ぎるだろっ! おまえを覆っていた棘という棘はどこへ行った!」

二人が笑い合う姿を見て、創介さんのもう一つの顔を知る。
私に見せるものでもなく、仕事をしている時のものでもない。昔から知っている気心知れた友人に見せる顔。
創介さんがいつもより少しだけ幼く見えて、それがなんだか嬉しかった。

「――それはともかく。この会場には、うようよ鬱陶しい虫がはびこってるから。雪野ちゃんを一人にするなよ。俺は、お堅い父親のところに戻るよ。じゃあな」

手のひらをひらひらとさせて、木村さんは私たちに背を向けた。

「木村さん、ありがとうございました!」

その背中に向けて、私はそう叫んでいた。木村さんは私に振り向いて、完璧なまでの笑顔を見せる。そして、会場へと入って行った。


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