雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
その時、お父様の後ろに隠れるように立つお母様の姿が、不意に目に留まった。
お母様とは、二人で話したことはない。いや、直接言葉を交わしたこともほとんどないかもしれない。初めて会った時、挨拶をしても、その声が発せられることはなかった。ただ会釈をされただけ。私とは目を合わそうとしなかった。
榊君から聞いた、お母様の創介さんに対する葛藤のことを考えれば、お母様が私に対しても複雑な思いを持つのは仕方がないと思う。会えば挨拶は私の方からしていたけれど、それ以上踏み込むことはしてこなかった。
酷く居心地の悪そうな、疲れたような顔――。
結婚して何年も経っても、こういう場に慣れないのなら、それは辛い毎日だったのかもしれない。今の私には身をもって理解できる。
創介さんの妻として、お母様に、どう接するのが正解なのだろうか――。
私と接することで本当に不快な思いをさせてしまうのなら、この距離感がいいのかもしれないけど……。
答えが出ないままでいた。
「――では、これからも頑張りたまえ」
「ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、力を尽くします」
創介さんの言葉に続いて、お父様が「では、また、よろしくお願いします」と挨拶をする。
「男が仕事をするのに、どんな時代であろうと、伴侶の支えは大きいものだ。二人で力を合わせなさい」
「はい。少しでも助けになれるよう、努力を続けて行きたいと思います」
私に向けられた視線にはっきりと答える。
創介さんの妻として、私が出来ることを――。
経団連会長を見送ったのち、創介さんがお父様とお母様へと身体を向けた。
「では、ここで。雪野と二人で主要どころに挨拶をすませたら、早々に帰ります」
創介さんがそう告げる。
「世話になっている企業への挨拶は忘れるな」
「分かっています。では、失礼します。雪野行くぞ」
さっさと立ち去ろうとする創介さんは、やはりお母様に気を使っているのか。あまり接しないようにとしているのが分かる。私の腕を引いて歩いて行く創介さんの背中に、声を掛けた。
「創介さん、私……」
「ん? どうした?」
立ち止まり、私へと振り返る。
「お父様に、今日のこときちんとお礼を言っておきたい。だから、少し、待っていて」
「一人で大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。創介さんのお父さんなんだから」
「そうか」
創介さんが何かを考えるような顔をした後、微笑んだ。私は頷き踵を返す。