雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「自分で行けるから。仕事に戻って」
雪野の準備した鞄を手に取ったら、雪野が俺を引き留めた。
「仕事のことなら大丈夫だから、送らせてくれ」
雪野が準備をしている間に雪野の実家に連絡をし、その後に神原に電話をかけた。さすが有能な秘書だ。突然の休暇にも上手く対処してくれたようだ。
「俺がそうしたいんだ」
おそらく今、俺は情けない表情をしているのだろう。雪野が困ったように歪んだ笑みを見せた。
雪野の家族が住む家の前に車を停める。階段を上り呼び鈴を押すと、雪野の母親が出て来た。
「突然、すみません。よろしくお願いします」
雪野の母親に、電話で大体の事情は話しておいた。
「分かりました。雪野は先に入っていなさい」
雪野がそれに頷き、俺の方に振り返った。
「創介さん、送ってくれてありがとう」
「いいよ。ゆっくりさせてもらえ」
「……はい」
その無理して作ったと分かる雪野の硬い表情に、苦しいほどの寂しさを感じる。家の中へと入って行くその背中を俺はただ見送った。
義母が玄関のドアを閉めて、夕焼けの茜色射す踊り場へと出て来た。
「どうか、雪野のことよろしくお願いします。久しぶりにお義母さんのそばでゆっくりできたら、少しは雪野の気持ちも休まるかもしれない。俺がもっとしっかりしてればいいんですが、不甲斐なくて申し訳ないです」
改めて頭を下げる。
「――創介さんは? あなたは大丈夫?」
「え……?」
予想をしていなかった言葉に、顔を上げた。
「創介さん。今のあなたの顔、とても傷付いた顔をしているよ?」
雪野の母親の、労わるような目が俺の強張りに強張った心を刺激した。
「い、いえ。今、一番辛いのは雪野ですから。それに、雪野の傷を大きくしたのは、誰でもない俺なんです」
「だからよ」
雪野の母親が俺を見上げて、真っ直ぐな視線を向けて来た。
「優太に雪野が倒れた時のあなたの様子を聞いて、なんとなく察した」
何でも見透かされてしまいそうなのに視線を逸らせない。
「創介さん、雪野が妊娠したこと、心から喜べなかったんじゃない?
優太が言ってた。雪野が倒れた日、駆け付けたあなたの取り乱しようにびっくりしたって。無事だって分かった時の創介さんの姿が忘れられなかったみたい。その後、妊娠したことを知った創介さんは別人のようだったって。そんなあなたのまま、今日が来てしまったんでしょう?」
――雪野の妊娠を喜べなかった。
その言葉だけを聞けば、責められているともとれるのに、俺に向けた視線があまりに慰めるようなものだったから。どうしようもなく心が揺さぶられる。
「あなたがどれだけ雪野を大事にしてきてくれたか分かっているつもり。そんなあなたにとって、雪野が一番苦しい時に傍にいられないことがどれだけ辛いことか。どれだけ自分を責めるのか。それくらいのこと分かるのよ」
この人はいつも大きな心で人を包み込む。その包容力に、弱音を吐き出してしまいたくなって、それを抑えるのに必死だった。