雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
それから数日後の夜。鳴り出した電話に、びくっと肩が上がった。
取った受話器の向こうから聞こえて来た声に、何かを考える前に緊張した。身体は、本当に正直だ。
(――この前お話した講演会のことなんだけれど、雪野さん、来てもらえないかしら。突然来られなくなってしまった方がいて。ああいう講演会は、出席者が多ければ多いほどいいのよ。お願いできる?)
それは、栗林専務の奥様からだった。
その講演会は、明日だという。かなり急な誘いだった。急だからこそ、よほど困っているのだろう。
明日なら、急ぎの仕事はない――。
あのお茶会でのことが一気に蘇って来て躊躇ったけれど、困っている時には助けるべきだと思った。
でもそれは、ただの親切心からだけではない。
ここで栗林専務の奥様に応えておけば、創介さんのためにもなるかもしれない――。
そう思ったからだ。
「分かりました。私でお役に立てるなら、ぜひ、出席させてください」
心を決めて、そう答えた。
「――また、休み取りたいって?」
「本当に、申し訳ありません」
翌日、私はまた係長に頭を下げた。あのお茶会から、まだ一週間と少し。係長がそう言うのも仕方がない。
「……でも、今日の午後だけなんだね?」
「はい、午後からお休みいただければ」
栗林専務の奥様の話によれば、都内のホテルで午後2時開始ということだった。午前中に仕事をしてから向かっても十分間に合う。
「本当に、ご迷惑おかけして、すみませんっ」
もう一度深く頭を下げた。
「分かったよ」
本当に、仕事のことを考えなければいけない。
自分の席に戻ってから、ふっと息を吐く。
もう少し、働きたいと思っていたけれど……。
創介さんは、私が働くことを賛成してくれていた。でも、もうあまり考える時間は残されていなのだと悟る。