雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「雪野さん、どうなさったの? 何か問題でも?」
気品ある着物を着こなした奥様が、こちらへと向かって来る。
――あの方、もしかして、最近ご結婚された、榊創介さんの奥様?
栗林専務の奥様の声で、そんな周囲からの囁き声と視線が届く。
聞こえなくていいものばかり聞こえて来て、余計に身体を強張らせてしまう。
「あの、榊様のお召し物のことで……。お着物を着用することを御存じなかったみたいで」
受付の方が私の代わり栗林専務の奥様に伝えていた。それを聞きながら、頭の中でどうするべきか考える。
「お伝えしましたよね? 服装だけはきちんと決まりを守ってくださいと。あら、それとも、お着物お持ちじゃなかった? それならそう言ってくだされば、私の方で準備してさしあげたのに。雪野さんはまだお若いから、お着物にはなじみがないのね」
耳に響くその声に、思わず目を瞑る。
一体私をどうしたいのか。
その理由や目的は分からないけれど、とにかく、この場で恥をかかせたいのだということは分かった。ここで私がどう反論したところで、状況を悪くする。創介さんに、余計に恥をかかせることになる。
目まぐるしく頭の中で自分がどうするべきか考えを巡らせる。
その間にも、何が起きたのかと、私たちを見つめる人が増えて行く。
私には、すべての人たちの視線が冷ややかなものに見えてしまった。
このまま、講演会には参加せずに帰る方がいい――?
でも、この場にいる人たちに私が創介さんの妻だと知られてしまった。
逃げるように帰ったりしたら、どう思われる? それこそ、みっともないのでは――?
ちっぽけな私に、答えなんて出ない。
ちゃんとしないと。考えろ、考えろ――。
泣きたくなる気持ちを必死に奮い立たせていると、柔らかな声が耳に届いた。
「――いったい、どうなさったの?」
その声に顔を上げる。
そこにいたのは、二度だけ見たことがある、宮川凛子さんだった。