転生アラサー腐女子はモブですから!?
 無理矢理つながれた手を振り払おうとしたアイシャの耳に、聴き慣れた低く艶めいた声が響き、肩をそっと引き寄せられた。

「貴方は!! し、失礼致しました。ウェスト侯爵家の……」

「それ以上は、言うな。素性を明かさないことが、ここに集まる者達のルールのはずだ。身分関係なく参加可能な仮面舞踏会だ。後々、面倒な事になるのは、お互いに避けたいだろう。貴方にも結婚間近の怖い婚約者がいるのではなかったかな?」

「貴方さまは、私の素性もご存知なのですか!?」

「あぁ、社交界では顔が広い方だからね。まぁ、私の大切な婚約者に粉をかけようとする輩を、容赦なく叩き潰すだけの力は有る」

「ひっ! 粉をかけるだなんて。ただ、美しい女性が一人、壁の花になっていたものですから、思わず声を掛けただけです。やましい気持ちなどありません。では、私も連れが待っていますので失礼致します」

 目の前の男は慌ててアイシャの手を離すと、脱兎の如くその場から逃げていく。

(あぁ、やっぱり小物は逃げ足も早いのねぇ~)

「アイシャ、見つけるのが遅くなって済まなかった。まさかこんなに人が多いとは思わなくてね。怖い思いをさせてしまったな」

「リアム様。さっきの殿方、誰か知っていらっしゃるの?」

「あぁ。ダントン子爵家のロイとかいう坊ちゃんだよ。見た目だけは良い、中身空っぽな男だな。まぁ、その見た目だけで、格上の伯爵家の令嬢に見初められ、近々婿入り予定だとか。この仮面舞踏会も独身最後のハメ外し目的で参加したのだろう。お相手の伯爵令嬢は、とても嫉妬深いと有名だからな」

「まぁ、あの方がダントン子爵家の……、色々と噂になっていましたよね。あの方に遊ばれて捨てられた令嬢がチラホラいたような」

「あぁ、色々と女性問題の多い男だな。あの男の尻ぬぐいで、子爵家の経済状況は火の車だとか。アイツに結婚を拒否するだけの力はない。しかし、あの経済状況で、この船に乗船していること自体、あり得んが……、リッツ伯爵家からの援助でもあったか」

「リッツ伯爵家ですか? では、リアナ様と。確かに、リアナ様は嫉妬深いと有名ですけど、何度も婚約者に裏切られ、婚約解消になれば、疑心暗鬼にもなりましょう」

「確かにな。ただ、リアナ嬢の困った性格にも問題があると思うが」

「美男子狂いと言われているアレですか?」

「あぁ。それを許すリッツ伯爵にも問題はある」

 リアナ嬢は、社交界でも有名なイケメン狂いなのだ。顔が第一、性格は二の次。しかも、悪いことに、好きになった男性が伯爵家よりも格下であった場合、金と権力に物を言わせ、無理矢理、婚約を結んできた過去をもつ。

「まぁ、今回ばかりは、リアナ嬢の望みは叶うのだろうな。それが、本当に彼女にとって幸せかは、わからないが。ところで、アイシャ。あの男に手を握られていたようだけど、大丈夫だった?」

「えぇ。直ぐにリアム様がいらっしゃいましたから。リアム様に夜会で助けられるのも、二回目ですわね」

「姫君のピンチに颯爽と現れるのが、ナイトの役目だろう?」

 背後から肩を抱かれていたアイシャは、体を反転させ、目の前のリアムを見上げる。さっきまで、あの男に握られていた手をとったリアムが、キスを落とす。

「消毒をね」

 仮面からのぞく悪戯な瞳に見つめられれば、トクトクと心臓の鼓動が速まり、キスを落とされた手の甲が熱をもつ。
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