転生アラサー腐女子はモブですから!?
「これはこれは、リアム様。地下でボスがお待ちです」

 リアムは裏路地にある一軒の酒屋の前へ来ていた。中から現れた屈強な男の案内で地下へと進む。石造りの狭い廊下には、所々に豪華なランプが置かれ、床にはビロードの絨毯が敷かれている。地下だとは思えないくらい豪華な内装を見るに、ここが特別な場所へと続く廊下だと言うことがわかる。

 この廊下の先にいるであろう男のことを考え、身を引き締める。

「ボス、リアム様がいらっしゃいました。お通しして、よろしいですか?」

 趣味の悪い豪華なだけの扉が中から開かれ、ハゲ頭の小太りな男が出てくる。格好だけは上等な絹を使ったシャツに仕立てのよいジャケットを合わせ、トラウザーズを履いているが、蛇のように絡みつく鋭い視線と口髭を生やした顔に残る傷痕が、この男が只者ではないことを表していた。

「おい! お前、リアム様はウェスト侯爵家のご子息様だぞ。もっと言葉に気をつけろ。俺達より格上のお方なんだぞ!」

 小太りの男が、案内してきた男を容赦なく殴り飛ばす。その勢いで、床へと膝をついた案内人の口からわずかに血が滲んでいる。

(容赦のないことだ)

 客人の前であろうと関係なく暴力を振るう姿は、目の前の男の残虐性を露わにしていた。

「リアム様、大変失礼致しました。わざわざ、こんな小汚い所までお越し頂き申し訳ありません。しかし、重要な話は、外に漏れると大事ですからね。ここなら外に漏れる心配もございませんからご安心を。おい! お前。呼ぶまで誰もここに近づけるな」

 案内して来た男が、逃げるように部屋から退室する。豪奢なソファへ座るように促されたリアムは、テーブルに置かれたお茶を見て、笑みを深める。

(あれが、噂の……)

 ボス自ら茶を入れるくらいだ。よっぽど、大切な商品なのだろう。

「リアム様、このお茶は珍しい物でして東方から取り寄せております。このお茶は普通に湯で溶けば、芳しい香を放つ甘みを持つお茶になりますが、茶葉を燻し専用の煙管(きせる)を使い吸引すれば、たちまち心地良い夢が見れるとか。お香として使えば、閨の情事も……」

「ほぉぉ、それが例の代物か?」

「はい……、常習性も有りますゆえ、広め方次第では莫大な富を生むことになります。あぁ、もちろんお茶として飲む分には常習性は有りませんので、ご安心を」

 目の前に置かれた茶器を手に持ち、グイッと飲めば甘い香りが鼻腔を抜けていく。このお茶の危険性もわかっている。しかし、目の前の男を信用させるためには、多少の危険な橋は渡らねばならない。

「この茶葉の事は、ドンファン伯爵は知っているのか?」

「いいえ。ドンファン伯爵様はご存知ありません。わたくしも将来の事を考え、取り引きをする貴族様は考えておりましてね。今やドンファン伯爵家の影の支配者はグレイス様です。そのグレイス様がウェスト侯爵家へ嫁ぐとあれば、自ずと私達がお付き合いする貴族家も変わるかと。ウェスト侯爵家様の後ろ盾があれば組織を更に大きく出来ます。しかもリアム様はノア王太子殿下の側近。将来は明るいかと」

「お前もよく分かっているではないか。確かにドンファン伯爵家の下にいても旨味は少ないだろう。ウェスト侯爵家の力を利用すれば、あらゆる貴族家に影響を与えることが出来る。お前の懐も潤うだろう。しかし、私はドンファン伯爵ほど甘くはない。グレイスがウェスト侯爵家へ嫁いでこようとも、彼女の好きにさせるつもりはない。言っている意味はわかるな? お前と今後も手を組むかどうかは、お前の働き次第と言う事だ」

「――――と言いますと? わたくしに何をさせようとお思いで?」
< 213 / 281 >

この作品をシェア

pagetop